数寄者(すきしゃ)の世界


 山下和美のエッセイコミック『数寄です!』(集英社)は、著者=主人公が、数寄屋建築の研究と実作を試みる建築家蔵田徹也の協力を得て、数寄屋造りの山下邸を建てるまでの涙と笑いの物語である。第壱巻は、ようやく理想の土地が手に入り、なんとか資金の目処もつくところまでを描いている。主人公をサポートする蔵田徹也とは、建築家の田野倉徹也氏がモデルである。
 http://www.cha-no-yu.jp/log_a.html(「茶の湯同好会:同好会だより」)
 それぞれのエピソードの漫画も面白いが、「数寄屋ぶくろ」と題された巻末の蔵田徹也=田野倉徹也氏のエッセイが読ませる。茶の湯能楽にも造詣が深い人だけに、日本文化万般に亘ってのさりげない解説に好感がもてた。実作者でもあり、不動産屋との駆け引きのことなど、例えば建築に詳しい詩人・評論家の栗田勇氏などには欠けている才がある。とくに印象に残った箇所は、「お茶を一服」のエッセイ。「建築の基本は掃除である」との建築史の恩師の言葉を、茶道の総本山である護国寺を復興させた大正期の近代数寄者高橋箒庵(そうあん)を父にもつ、桜井宗梅宗匠に話した件。
……歴史の先生の言葉を、箒の手を動かしながら宗梅先生に話してみた。すると先生は、手桶と柄杓でお父様の墓石に水をかけながら、「あら、なんてステキな言葉なんでしょう。その方にお茶を一服差し上げたいわ」とにっこり笑って言った。
 言葉にするのが難しいのだけれど、お茶の先生と歴史の先生とが、八十歳を超えて一度も会ったことのないふたりが、これから会おうとしているわけでもなく、同じ心で判り合っていて、時間も空間も飛び越えて同じ世界にいるような、そんな関係を羨ましく感じた。歳を重ねることの大事さが「お茶を一服」という言葉に込められていた。私が初めて触れた「お茶の世界」である。……(p.86)