制度論的保守主義とは

 仲正昌樹金沢大学教授の『精神論ぬきの保守主義』(新潮選書)は、「現代日本の政治情勢に関する分析」やみずからの「主義主張を直接展開すること」を「極力差し控え」、ヒューム、バーク、トクヴィル、バジョット、シュミット、ハイエクら6人の制度論的保守思想を展開したと著者が捉える思想家の「主要テクストの読解に」徹していながら、精神論に傾き、かつ権力による「設計主義」に陥っている現代日本保守主義の論調を相対化している。議論の方向性は首肯できるところである。
 6人の思想家の考え方の基底に、慣習的に形成された制度をあくまでも尊重して法を定着させ、政治を運営・実行しようとする共通の信念がある、というのが著者の立場である。
(わが所蔵のヒューム関連書)
◯ヒューム:ある情念の状態に基づく行動が快をもたらし、別の情念の状態の下での行動が苦をもたらすことを繰り返し経験するうちに、私たちの心の内に、前者を積極的に志向し、後者を出来るだけ回避する傾向が生じる。それがいつの間にか、私たちの「習慣」になる。「習慣」によって、「情念」は方向づけされ、不規則的に暴走することはなくなる。→「習慣」による「情念」の制御こそが「社会」の起源。→各人の保有物・財を保障し合う「黙約」の状態が生まれる。理性的な計算によって厳密なルールが策定されるのではなく、反復的な経験を通して、互いにとって利益となる振る舞いが習慣化されていく中で成立する。→「黙約」のルールが事後的に「正義」として承認される。→1「財の保有の固定の法=占有・時効・増加・相続」2「同意による保有の移転の法」3「約束の実行の法」の三つの「基本的規則=基本的な自然法」を厳格に守ることに、人間社会の平和と安全は完全にかかっている→「統治」については、権力者である個人の資質や信条ではなく、政府がいかに「構成」されているかにかかっている、即ち「制度」の機能性に着目している。
◯バーク:人間は本性からして宗教的な動物であり、教会が憲法=国家体制を安定させるうえで重要な役割を果たすことを強調。→伝統的な宗教がさまざまな「偏見」に支えられているとしても、その「偏見」の中に、何世代にもわたる英知が含まれている、と考える。英知を再発見し、理性の暴走を抑えることを政治思想の使命と見なしている。→「偏見」を繰り返し利用することで、各人は次第にみずからの理性を鍛え、適切に判断できるようになる。「偏見」は、社会の中で正しく振る舞えるように人々を導く。→国家間関係において重要なのは、条約や盟約の形式よりも、宗教、法、慣習、習俗、生活習慣の調和であり、習慣的な交際に根ざした信頼関係が、国家間の緊張を和らげる。欧州諸国は一つの共同社会を形成している、と見る。
トクヴィル:「民主主義」は、決め方のルールというよりは、政治文化の問題であるとし、習俗や慣習の役割を再評価した。→フランス革命は物質的な変化をもたらしただけで、社会の中での人々の振る舞い方を制御する法律、理念、習慣、習俗を整えることに成功しなかったと見る。→「民主主義」は、往々にして「民の多数の声」を「神の声」として全能視しがちであり、多数派の圧制が生まれやすいところがある。→アメリカにおいては、「行政の中央集権」がないことと、「法律家の権威」が保持されていることが、「多数派の圧制」を緩和している。慣習的に積み重ねられてきた「規則」に拘り続ける法律家の保守的体質が、多数の意志によって社会をラディカルに変革しようとする人民の激情を抑制し、秩序形成へ誘導していると見る。→アメリカの民主主義が維持されている最も重要な要因は「習俗」であり、この「習俗」は「宗教」によって支えられている。→慣習や宗教が「多数派の圧制」につながりやすい要素であると考えた、ジョン・スチュアート・ミルとは異なっている。→フランス革命は、権力の抑制装置でもあった宗教、慣習、法律を旧体制の遺物として破壊してしまった。
◯バジョット:英国の立憲君主制の「演劇的要素」を重視している。君主の憲法上の権限はかなり曖昧で、不可解なところがあるが、不可解であるからこそ、神秘のヴェールをまとい、魔力を発揮できる。人民の前で演劇的な役割を演じることで、政治の空白が生じないようにしたり、内閣の安定に寄与することが期待される。→それほど力をもっていない貴族院は、古くからの尊敬と根強い忠順に依拠して存続している限りで、社会の安定性のバロメーターになっている。→「自由な統治」は、「共通の同意」に基づいて、節度ある賢明な判断をすることができると見なされる人々が、選挙民の意向に縛られることなく、政治に専念することができる政治構造によって可能。→「慣習による支配」の利益を保持しつつ「国民」が柔軟な活動力を発揮できるための仕組みが、「討論による統治」である。論理的に優れているだけではなく、人々が普段慣れ親しんでいる言語や観念の体系にうまく溶け込んでいる言葉が、政治を動かす言葉であり、そうした言葉を見出すことが、「討論による統治」の成功のカギになる。
◯シュミット:近代国家における「独裁」には二つの形態があるとする。「委任独裁」と「主権独裁」である。権限が制約されている「委任独裁」は、古代ローマの「独裁」の延長線上にあるものといえる。→近代の市民革命は、すべての規範を停止させてしまう「主権独裁」を可能にする「憲法制定権力」の論理をも生み出してしまった。→「法秩序」の源泉である「主権者」は、「例外状態」において、憲法や法律を停止して「独裁」というかたちで直接介入し、その主権的な力を顕す。→「法秩序」を抽象的で一般的な規範の論理的体系としか捉えない「規範主義」の法実証主義に対して、秩序を、現実の社会の中に具体的に存在するものとして捉える「具体的秩序思考」の立場に立つ。→国家が存在する限り、友/敵の関係は存在し、戦争の可能性はなくならない。→ヨーロッパ大陸に成立した「ヨーロッパ公法」においては、いずれか一方を正しいと裁く絶対的権威=裁定者は不在である。そのことから敵を犯罪者として殲滅するという戦争観が消えた。しかし、第一次大戦後、「攻撃戦争」は犯罪であるとの「ジュネーヴ議定書」の宣言、そして空軍の登場によって、正義を掲げた殲滅戦争の恐れも現実のものとなっている。
ハイエク:社会を発展させるのは、少数のエリートによる合理的計画ではなく、「市場」のように不特定多数の人たちの行為の連関から生じてくる、匿名的な秩序であるとのヒューム・スミス・バーク的な考えを現代的に再定式化しようとした。→一つの倫理的規範体系に基づいて統治されている社会を求める願望は、儀礼によって人々の一挙手一投足が規定されている原始的な部族社会に回帰しようとする退行願望である。→アメリカの憲法が権力、とくに立法権を制限する仕組みを整えていったことを高評価するが、一般的に憲法自体に絶対的価値があるのではなく、立法過程を「共通の信念」と適合させるための媒体として意味があるのである。進化した「振る舞いのルール」のおかげで、人々が自分の知らない知識を活用することによって自生的に形成される市場の秩序を、「カタラクシーcatallaxy」と呼んでいる。「経済economy」という言葉では、「自生的秩序」としての「市場」の特徴をうまく表現できないと考えた。長い進化の過程で生成し、集合的英知を凝縮している「ルール」に即して各人が意識的・無意識的に行為するから、各個人や集団の「エコノミー」が相互に調整され、「秩序」が形成されるとした。→人間社会における秩序には二つあって、人工的秩序・指令的社会秩序・組織である「タクシスtaxis」と、「自生的秩序」である「コスモスcosmos」であり、カタラクシーはコスモスに属する。コスモスにおけるルールは、進化の過程での淘汰を経由して定着したのであり、タクシスにおけるルールは特定の目的を遂行するために上からの命令を補完するものとして成立したのである。自由で複雑な社会は、二つの秩序の組み合わせによって成り立っている。本来はコスモスであるものをタクシスと誤認し、自生的秩序に手を加えようとする設計主義的な誤解が問題である。→コスモスに対応する法は、「ノモスnomos」で、英国コモン・ローの裁判官たちが作ってきた法を典型とする法である。タクシスに対応する法が「テシスthesis」で、立法府によって制定(措定)された法である。ハイエクは、ノモスをより重視しようとする。→「テシス」寄りの「法」理解と、民主主義万能論が結びつくと、「社会的正義」の名目の下に、「ノモス」を無視して、その時々の多数派に都合のよい〈立法〉が行なわれるようになる。

 終章「日本は何を保守するのか」で、著者の見解あるいは左右の論調への違和感を述べている。次のところは共感できる。
……近年は、戦後のアメリカ従属的な体制、〈アングロ・サクソン〉的な経済思想に反対する反米保守が台頭している。TPPは、日本経済の根幹を破壊して、搾取の対象にしようとするアメリカの陰謀だと断定する論調は、その典型である。しかし感情的な反米を掲げる前に、「アメリカ(アングロ・サクソン)的」とはそもそもどういうことであり、それに対する日本固有の慣習的なやり方の強さや弱さはどこにあるのか、制度論的にきちんと把握したうえで議論しないと、精神主義的な空論に堕すか、(右派同様に哲学的基盤をかなり喪失している)反米左派と区別がつかなくなるか、のいずれかに終わってしまうだろう。〈守るべきもの〉の実態を具体的に把握しないまま〈巨大な敵〉と闘っているかのようなポーズだけ取り続ける思想は、いずれ消滅する。……(同書pp.217~218
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20110716/1310805282(「仲正昌樹教授に学ぶ」)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20110729/1311904161(「仲正昌樹教授に学ぶ・2」)

精神論ぬきの保守主義 (新潮選書)

精神論ぬきの保守主義 (新潮選書)