ジョン・スタインベック没後45年


 本日は、ジョン・スタインベック没後45年の命日(1968年12/20没)である。短篇の「菊」について、面白いエッセイがある。木戸博子『クールベからの波』(石榴社)所収の「三人の指をめぐる物語」である。「菊」はここで読める。
 http://f59.aaacafe.ne.jp/~walkinon/chrysanthemums.html(「菊」)
 http://nbu.bg/webs/amb/american/4/steinbeck/chrysanthemums.htm
 (「The Chrysanthemums」)
 カリフォルニアのサリナス渓谷にある農場が舞台の短篇小説の登場人物は、主人公の人妻イライザ、その夫の農場主ヘンリ、そしてこの農場にやってきた鋳掛屋の男の3人である。鋳掛屋の巧みな口車に乗せられて、イライザは鍋の修理を頼んでしまう。渓谷の農場での閉ざされた生活で、彼女の唯一の慰めであった菊の花芽に話題をもっていき、その種をほしがっている人がいると出まかせを言って、鋳掛屋は商いに成功したのだ。彼に菊の植木鉢を渡して華やいだ気持ちになったイライザが、夫とサリナスの町に向う途中で、投げ捨てられた菊の残骸を目にするのだった。さて、木戸博子さんは、登場人物らの指の特徴に注目する。
……イライザの指は花を作る指であり、植物と一体化できる指、いらない蕾を正確に振り分ける指、けっして摘みまちがえることのない指、挿し木した菊の新芽を大地に根づかせることのできる指、いのちを産み出すエロスにあふれた柔軟な指、先祖から受け継がれてきた知恵と活力の指、生命力の指である。
……ヘンリの指は戦いに結びついている指である。ボクシングが好きな彼の指は、イライザの一本一本の草花と対話するしなやかな指とは対蹠的な、闘争のための硬直した指である。食肉用の去勢牛を育て、リンゴを売りさばくヘンリの指は、消費経済のためのテクニカルな指、農場を経営し支配する管理の指、自然を開拓し征服するためのマッチョな指にほかならない。
……鋳掛屋の指は、壊れたり傷んだりして使えなくなった不用品を修理し、新品同様に蘇らせる再生の指であると同時に、移動する指である。
 この作品評がすぐれているのは、イライザがたとえサリナス渓谷の〈人形の家〉から飛び出ても、とうぜんといえばとうぜんではあるが、そこに必ずしもたしかな幸福は保証されないことを指摘しているところである。
……しかし、その一方で画一的な経済原理と市場原理に席捲されているはずの「明るい」「開かれた世界」に進出することは、はたしてイライザに幸福をもたらすのだろうかという疑問も湧く。自由と自立を獲得した引き換えに、彼女の根源的な生命力を枯らすような新たな挫折が彼女を待ち受けているのではないかと。しかし、自分に潜む強さと活力を鋳掛屋によって自覚したイライザは、困難と戦いながら出発していき、傷つきながらも新しいいのちを産み出していくだろう。……(同書p.49)