『東京新聞』8/13夕刊の「大波小波」のコーナーで「怒りの子」氏は、7/12享年81歳で亡くなった、作家高橋たか子さんについて「各紙の訃報は小さく、文化面でも追悼する記事がほとんど出なかったのは寂しい」とし、次のように書いている。
……いずれ鈴木(※翻訳家・鈴木晶氏)には高橋たか子伝を著してもらいたいものだが、嘆かわしいのは、高橋たか子への文学的評価が低すぎる点である。初期は高橋和巳夫人というレッテルに苦しめられ、晩年は文学外の隠遁者のように扱われていた。『亡命者』『きれいな人』など、修道女生活以後の作品も素晴らしいのに、同世代の大庭みな子などと比べて、明らかに差がある。この異色の大作家を、このまま忘れ去ってはならない。……
こちらは不覚にも高橋たか子作品は一つも読んでいないので、この機に(涼しくなったら)読んでみたいものである。「大波小波」欄がこの作家に言及したのは今回がはじめてではなく、2005年6/15夕刊紙上「クラゲ」氏なる匿名人物が、上梓されたばかりの『日記』に触れて述べている。
……なかでも日本文学と知識人の現状に対して、厳しい意見が目を引く。たとえば新聞の文化面を牛耳っているのが、何らかの専門知識を誇るだけの学者ばかりで、自分らしい文章をもった思想家というべき存在が皆無なこと。そして小説は数多く流通しているようだが、「ヨミモノ」ばかりで真の純文学といえるものが滅びに瀕していることを繰り返し憂えている。
そういうことをぜひ評論家は指摘してほしいと高橋は嘆くのだが、いかんせん、その評論家もろくに小説を読んでもいない、先端理論の知ったかぶりばかりなのだ。……
さて高橋たか子さんの作品ではどれから読むべきなのか、いまのところわからないのである。
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の百日紅(サルスベリ)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆