「荷風忌」に寄せて

 
 千葉県市川市の広報によれば、1959年4月30日未明に市川市の住まいで亡くなった、作家永井荷風を偲んで「第4回市川・荷風忌」が催されるとのこと。
  http://www.city.ichikawa.lg.jp/cul06/1111000154.html(「市川市HP」)
 かつては東京浅草に住み、いま市川のとなりの船橋市に暮らしていることもあり、この偉大な作家には少しばかりの親近感がもてる。10年ほど前に「日本文藝家協会ニュース」(1993年)に載せてもらった、短いエッセイ(若干改稿)を再録しておきたい。
 
……夏に放映された「日本の名作シリーズ」の『踊子』を見て『断腸亭日乗』を昭和23年のあたりから拾い読みしてみた。荷風が銀座ならフジアイス、浅草ならほとんど立ち寄ったレストランのアリゾナは小生も少年の時に行っているのである。
「午後省線にて浅草(橋)駅に至り三ノ輪行電車にて菊屋橋より公園に入る昭和23年1月初9」と記された菊屋橋近くにずうっと住んでいたので荷風は知らずとも、浅草のハイカラな洋食屋アリゾナは親から聞いていた。
「味思ひのほかに悪からず價亦廉なり。スープ八拾圓シチュー百五拾圓ー24年7月12日」とはじめての感想がかかれているアリゾナのスープは、小生もよく覚えている。クルトン入りでないと何となくスープの感じがしないのもその時味わったアリゾナのスープのおかげであろう。
 このアリゾナもいまは取り壊しの運命で、看板だけ埃をかぶってかろうじて残って、建物は廃屋と化している。パリには亡きサルトルがよく立ち寄ったカフェテラスなどがそのまま開かれていたりしたのを思うにつけ、寂しい限りである。
 今度「下町演劇祭」の一環として、フランス座佐藤信・作演出の『荷風のオペラ』という芝居が上演されるという。幕の開くのが楽しみである。『日乗』によると、荷風はロック座は頻繁に通い楽屋に出入りしているのに、フランス座に寄ったという記述は僅かである。現在のロック座は、岬マコのいないかつての日劇ミュージックホールといったところで、華やかなショーの売り物はそれはそれで結構である。
 いまだ写真集『鎌鼬』一冊でも存在感をもつ、土方巽に5年も鍛えられたT.Hという踊子がフランス座の専属で踊っていたが、今はどうか。  
 荷風の浅草がダレルのアレクサンドリアのように、この小屋の出し物から蘇生するを願うや切である。……
 ※だいぶ前から「アリゾナ」は営業しており、荷風の好んだシチューがメニューにある。
  http://www.guidenet.jp/shop/226o/(「アリゾナキッチン」)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町に咲く、上スズランスイセン(Giant Snowflake)、下アジュガ(Ajuga)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆