ひさしぶりの昭和アングラ・寺山修司


 昨日(8/16)は、炎暑の下北沢の街を歩いて、芝居小屋「ザ・スズナリ」に出向いた。劇団「Project Nyx」(代表:水嶋カンナ)のマチネー公演、この劇団の舞台の観劇は初めてである。 出し物は、寺山修司作の『伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪』で、構成・美術:宇野亜喜良、演出:金守珍、小屋も小屋だしなつかしいアングラ劇の正統的舞台が期待できた。昔、劇団「天井桟敷」の支持会員(会員NO.2)であったこともあり、寺山修司の舞台はなつかしい。蜷川幸雄演出の『身毒丸』は、アングラ劇というよりは、大劇場での蜷川芝居であった。この舞台については、すでに述べている。
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20110621(『身毒丸』と寺山修司
 座席は、狭い空間なので、出入り口そばのE3を用意してもらっていた。台詞に「如月小春」さんの名が出て、驚いた。若くして亡くなったこの演出家の、森下町倉庫2F(旧ベニサンピットの上)の演劇で、満杯に押し込まれた桟敷席で急に息苦しくなり、舞台暗転の合間に劇団員の人の誘導で館外へ脱出したことを思い出したのだ。それ以来観劇では、能う限り列の端の席に坐るよう努めている。「閉所恐怖症」というほど大袈裟なものでもないのだが。



 人形と人間、虚構と現実が交錯あるいは入れ替わり、寺山修司独特の世界が現出していた。寺山が評価していた、ポーランドのタデウスカントールの『死の教室(THE DEAD CLASS)』も思い起こさせた。奥の壁が割れていきなり海が現われたときには、思わず「出た!」と心の中で叫んでしまった。唐十郎の芝居(たとえば『愛の乞食』)などでは、お馴染みの仕掛けであった。
 客演に寺島しのぶ、さすがに存在感があり、女主人が女中役を演じる前半など、みずから楽しんでこなしているのがよく伝わってくる。寺島しのぶさんの舞台は、かつてロバート・アラン・アッカーマン演出のオニール作『楡の木陰の欲望』を観ている。この女優が、肉体の官能性に自信をもっているのがよくわかる。
 今回最も楽しみにしていたのは、YouTubeでのみ聴いていたユニット「黒色すみれ」の生演奏。期待に違わず耳と目が楽しめた。舞踏の高橋理通子も妖しく面白かった。舞踏も昭和の漆黒の華だ。
 寺山修司の演劇はおそらく今日心地よいメルヘン劇として受容され、寺山が企んだ、観客の日常性の撹乱という、演劇評論家西堂行人氏の期待する「挑発性」は不発に終わりかねないだろう。

 かつてmixiで、競馬好きだった寺山修司について、彼が応援していた吉永正人ジョッキー追悼とともに書いたことがある。この機会に再録しておきたい。
寺山修司が気に入った土井典作「大山デブコ人形」と同形の、わが所蔵の小さい人形=右端)
ミスターシービーに騎乗して3冠を取った吉永正人が9/11に亡くなっている。遅ればせながらご冥福を祈りたい。この吉永騎手を声援し続けたのが、寺山修司であったことは競馬ファンなら周知のことであろう。かつての吉永騎手は、追い込みの名人とされたが、家族を失った記憶からの逃亡が、彼をして後ろを孤独に走らせる騎乗スタイルに導いたのだろうか。寺山修司が愛したホワイトフォンテンは、「灰色の逃亡者」と称された逃げ馬であった。寺山修司は、むしろ孤独に逃げまくる馬の方が好みだったともいえる。
 青森県の小学校で転校してきた寺山少年と同級だった石井冴子さんの『冬の花ぐし 級友・寺山修司に』(菁柿堂刊)によれば、寺山修司が仲間からよく〈逃げ〉ていたことが知れる。母親がアメリカ兵相手に身を売っていた現実からの逃避という意味もあったのだろうか。また盗みもしたらしい。
「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」の歌が、東北の俳人富沢赤黄男の俳句「一本のマッチをすれば海は霧」の〈本歌取り〉であったことは記すまでもあるまい。嘘も上手であったらしい。近くにテントがつくられたサーカスに大いに惹かれたこととあわせて、寺山修司の「天井桟敷」の世界が、すでに青森での少年時代に胚胎していたことが想像できる。
 こちらはこの「天井桟敷」の創設当初の定期会員(年会費1800円)であって、なんと会員番号2であった。『O嬢の物語』の作者の『RETURN TO THE CHATEAU 』をもとに、寺山修司が脚本・監督の日仏合作映画『THE FRUITS OF PASSION』には、かのクラウス・キンスキーが出演しているのだ。このDVDの英国盤を最近入手。主演女優のイザベル・イリエとともに、怪優クラウス・キンスキーの下半身まで晒させるとは、寺山修司もすこしやりすぎではなかったか?(2006年10/14記)

 

冬の花ぐし―級友・寺山修司に

冬の花ぐし―級友・寺山修司に

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のムクゲ木槿)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆