『カンディード』と大地震


⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のシロタエギク(白妙菊=Senecio)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆
 世界史上知られた「リスボン地震」は、1755年11月1日に起こり、津波を伴って町の大半が破壊され3万人の犠牲者を出している。ヴォルテールの『カンディード』に、そのすぐ後に船が難破してリスボン近くの浜辺にたどり着いた主人公のカンディードと二人の男が描かれている。パングロスは、カンディード青年の哲学の師で、すべてこの世は最善にできているとの世界観をもっている。水夫は、難破する船で自分を助けた恩人を見殺しにした悪党である。
『「これこそ世界の最後の日です」と、カンディードは叫んだ。水夫はすぐさま屍の間を縫って駆けて行き、金を探すためなら死の危険もものともせず、金を見つけ、奪い取り、酒をくらって酔っ払い、酔いをさますと、倒壊した家の廃墟や瀕死の住民や死者があふれる場所でたまたま最初に出会った、気のよい娘の愛のしるしを金で買う。その間、パングロスは水夫の袖をなんども引いた。
「おい、君」と、彼は水夫に言った。「そんなことはしてはならん。普遍理性に背いているし、機会を悪用している」
「なんだと!」と、相手は答えた。「おれさまは水夫で、バタビア生まれだ。はばかりながら、これでも日本へ4回旅して4回踏み絵を踏んできた。きさまはその普遍理性とやらで、とんだ相手を見つけたものだ」』(岩波文庫植田祐次訳)
 日本の踏み絵については、ヴォルテールは、ドイツの医者およびフランスの宣教師らの著作で知っていたようだ。今回の大地震の被災地では、メディアの情報を信ずれば、憎むべき犯罪は例外的であるらしい。いまここにヴォルテールが生存していたら、どんな感想を抱いたであろうか。

カンディード 他五篇 (岩波文庫)

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『カンディード』<戦争>を前にした青年 (理想の教室)

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