おそるべき君等の乳房

 平日何日間か夕方7時台のNHKニュース番組に、震災報道でダウンした武田真一アナに代って、メインに、枯れた声だが、伝えることばがはっきりした小郷知子アナが務め、傍らで『ブラタモリ』で魅力的だった久保田祐佳アナが原稿を読んでいた。どちらも品のある、豊乳コンビの登場だ。NHKもなかなか粋な計らいをするものだ。その間しっかりニュース報道を視聴した。
 ゴールデンウィークが終わるころ、いつも西東三鬼の句「おそるべき君等の乳房夏来る」(『夜の桃』)を思い起こす。今年は、東京浅草&鳥越の祭礼もないそうで、どうだろうか。
 WOWOW放送の『CSIマイアミ』の8シーズンも終了し、『コールドケース』の新シーズン放送はまだなので、土曜日は『CSIニューヨーク』のみ。少し寂しい感じ。『CSIマイアミ』で、銃器の弾道分析の美人エキスパート、カリー・デュケーンを演じている、エミリー・プロクター(Emily・Procter)は、かつて『豊胸外科医』という、どうみてもB級の映画に出演していて、この女優が美容外科医の前で胸を露にする場面がある。このDVDは、この一瞬にしか価値がないのである。




 2年前の5月に書いたreviewを再録しておこう。
(ベルギーのヤン・ファーブル演出『劇的狂気の力=THE POWER OF THEATRICAL MADNESS』パンフレット)
◆マリリン・ヤーロム著、平石律子訳『乳房論』(ちくま学芸文庫)は、乳房をめぐる欲望の精神史とのサブタイトルの通り、ギリシア神話から聖書そしてカトリック絵画で扱われた乳房の宗教的意味に始まり、ルネサンス以降の性的欲望の対象としての意味を経由して、それらの伝統を併せもった道徳的および政治的象徴としての意味における乳房へのまなざしの変遷を、多くの図版を紹介しながら分析している。知的かつ痴的興奮なしには読み進めない、面白い書である。かつてトレヴィルから単行本として上梓されていたこの本を、トレヴィルなきいま、ちくま学芸文庫で購入読めるようになったことは歓ばしい。
ヨーロッパ史においていつのまにか大きく豊満な乳房が賞賛されるようになったが、実は、中世時代にでき上がった美しい乳房の基準はルネサンス期を通じても変わらなかった。小さく、白く、リンゴのように丸く、引き締まって型崩れしておらず、左右が両端に離れているものが良しとされた。』
 魔女狩りについても学ばさせられた。魔女として処刑された女性の大多数は、成熟した女性で多くが高齢者であったという。高齢と生殖能力の喪失が攻撃の対象となったわけなのだ。「女性の官能的な美しさに敬意を払った高尚な文化の暗い一面であった」と、著者はまとめている。
 母乳育児をめぐる歴史的考察もなかなか興味を惹く。自分が生んだ子供はすべて養育院に送ってしまったルソーの母乳育児賛美は、フランス革命の思想にこの面でも大きな影響を与えていた。母乳育児と共和国の美徳が結びつけられ、母乳育児の母親たちのみ慈善団体および革命政府の支援が得られたのである。
 20世紀の二つの世界大戦でも、女性の乳房のイメージは、各国のポスターで、戦う男たちを鼓舞する目的や、公債を買わせる広告などに最大限に利用されたようだ。
 20世紀アメリカでは母乳育児の女性が多かったそうであるが、驚いたことに、ショッピングセンターやデパートあるいは公園で授乳していた母親が「猥褻物陳列罪」で逮捕されていることだ。1996年現在のカリフォルニア州では、依然として公共の場での授乳は違法であるとのことだ。日本では、かつて電車の中でも授乳の光景はそれほどめずらしいことではなかった。いまは、日本人女性の公共の場での授乳は消滅した代りに、それまでなかった化粧が日常的な光景となってしまった。(09年5/1記)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のジャスミン。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆