魔女の復讐:メディア(エウリピデス作『メディア』)とジュリエット(米国NBC制作『GRIMM』)

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 7/22(金)に食事中口の中がガチッとしたので鏡で調べると左下の歯がグラグラ、斜めになったところを噛んでしまって痛かったのだろう。翌日土曜日に歯科医院に行き、予約をとって本日抜歯手術をしてもらった。鏡に映った顔は、米国NBC制作のドラマ『GRIMM╱グリム』に出てくる、魔女型ヴェッセン(魔物)のヘクセンビースト(Hexenbeast)がヴォーガ(変身)した時のようであった。ヘクセンビーストの娘であったアダリンド・シェイドがヴェッセンの世界支配を企む王家のフェラート(諜報・暗殺機関)に従い、邪悪なヴェッセンと対決するグリム一族と敵対関係にあったが、一度は魔女としての魔力を奪い、母を殺したと信じたグリム=ニック・ブルクハルト刑事の(事実婚上の)恋人ジュリエット・シルバートンの姿になりすまして留守中のニック宅を訪れ、ニックとベッドを共にする。グリムとしての能力を奪われたニックは、王家の傍流の王子レナード警部の母(ヘクセンビースト)の教えに従い、同じ薬を吸い込んでアダリンドの姿になったジュリエットと同じようにベッドを共にする。これでニックはグリムとしての戦闘能力を取り戻すが、ジュリエットは呪法の副反応でヘクセンビーストになってしまう。ヴォーガしたあまりにも醜い自分を一生愛せるかと、悩んだ末にカミングアウトしたジュリエットはニックに迫るが、ニックはただ驚くのみで顔をそむけるばかり。絶望したジュリエットは家を出、レナード警部の家に転がり込み、ついには「前の続きをしましょう」と誘惑して二人は抱き合うことになる。やはりアダリンドの呪いの薬で「眠れる森の美女」状態であったジュリエットにくちづけし目覚めさせたのが王子レナード警部であり、二人は、呪いが解けるまで破滅寸前まで互いを求めあった経由があったのである。

 
 さてジュリエットに化けたアダリンドとニックのたった1回の情交で、アダリンドは妊娠してしまう。敵対関係にあったニックとアダリンドは次第に魅かれ合う。ここから怒り狂った魔女(ヘクセンビースト)ジュリエットの復讐劇が始まる。

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〈魔女〉の復讐劇といえば、エウリピデスの『メディア』がある。澁澤龍彦の『メディア』上演プログラムに掲載の『エウリピデスと「メディア」について』は要を得ている。

 実際、めらめらと燃える火のような情念をもった、メディアという強烈な性格の女は、世界の文学史上でも比類がないであろう。彼女はアルゴー船の勇士イアソンに恋し、彼を助けて目的をとげさせると、彼の妻となり、故郷も父も捨てて、夫とともにコリントスの地へやってくる。そこで子供をふたり生むが、やがて夫が自分を棄て、土地の王女と結婚する気になっていることを知ると、勃然として復讐の念に駆られ、嫉妬に狂った女のおそろしい本性をむき出すのだ。
 メディアは自分の子どもを殺して、子どもの父のイアソンを罰してやろうという、途方もない復讐の方法を思いつく。そのために知力を総動員して周到な計画をめぐらすが、恋敵の殺害をもふくむ、この計画はひとたび動きはじめるや、冷徹な歯車のように容赦なく進行して、なにものをもってしても阻止することはできない。自分のテューモス(情念)にとらえられたメディアは、その歯車の進行をむなしく見ている以外に、自分で自分をどうすることもできないのである。(1983年、坂東玉三郎主演、日生劇場『メディア』上演プログラム)

 メディアの残酷な復讐劇は、観客の悲嘆の末の喝采を浴びるのである。なぜなら、夫イアソンのために尽くしに尽くしてきたメディアであればこそ、イアソンの最も愛するもの=子どもたちを、それは自分の最も愛するものでもあり、復讐のために自らの慟哭を抑えて殺害するのであるが、観客はその残酷さよりも、夫の非道に怒り、メディアの人生の不幸に同情するのである。そして復讐の標的は直接自分への裏切りにかかわったものに限定されている。惨劇に戦慄しながらも観客は、あるカタルシスを得て帰路につくことができるというわけである。
 ところが『GRIMM╱グリム』のジュリエットの復讐劇は本国でも圧倒的に非難が多いそうで、日本でもどうやらジュリエットの評判は最悪のようだ。アダリンドの仕掛けた罠に嵌ってニックはグリムとしての能力を失い、それを取り戻すために敢えてアダリンドに変身してベッドに入ったジュリエットは副反応でヘクセンビーストになってしまった顛末から、ジュリエットには大いに同情すべき点があった。しかしその後の行動がひどすぎた。夜の街に繰り出し、(意図的にだろう)男ばかりのスナックバーで酒を呑み、絡んできた男を魔女にヴォーガして暴行した。逮捕され留置場・刑務所に収監されて、ニックつづいて親しい仲間のはずの薬剤師ロザリーの励ましに耳を傾けず、「この力を手放したくはない」と嘯いた。
 そもそも憤怒の情念じたいも、王家の新リーダーで残忍で冷徹なケネス王子がアダリンド第二子懐妊の事実を知らせ、他律的に増幅させたのであった。アダリンドが傍流の王子レナード警部との情交で産んだ、まだ幼いが、ヘクセンビーストとヘクセンビーストの息子(ザウバービースト)との間に生まれた長女ダイアナは超能力の片鱗を示し、王家はレジスタンス一味に奪われたこの王女を血眼になって探し、ニックの母親ケリー(グリム)が「この子は悪く育てられたら大変なことになる」として託されて密かに育てていることを知った。ケリーが息子ニックの恋人ジュリエットを可愛がり信頼していることに目をつけ、ジュリエットに裏切りを唆したのである。ジュリエットは、ニックの代々のグリムたちが書き残していたヴェッセンに関する膨大な資料のあるトレーラーの書庫に火をつけ焼き払い、そしてかつて同棲していたニック宅に(刑事の仕事でニックは深夜までほとんど不在の)留守中侵入し、ニックのPCを使って母ケリーに危機のニックを助けに来るようメールを送った。母親の深い愛情を利用した狡猾な罠である。まんまと誘いに乗ったケリーは幼女ダイアナを連れてニック宅を訪れ、玄関の外ケータイで「ジュリエット」と連絡すると、待機していたジュリエットが「玄関は開けてあります」と応じた。住人を惨殺した近隣住宅から飛び出したケネスと暗殺者集団によって母ケリーは斬首されてしまうのである。格闘の間、ジュリエットは2Fの部屋で息を潜めていた。ニックの愛する母親を殺害して、イアソンに復讐したメディアのように復讐の情念を燃焼させ自らを納得させ得たのだろうか? 最悪な行為として、ジュリエットの近隣住民に関する「この家は70代の夫婦で退職していつも在宅」などの情報提供で、この老夫婦を始め3軒の家の住民がヴォーガ(変身)した暗殺者集団の手によって殺されていることである。こんな復讐劇はファンタジーの世界でも共感は呼ばないだろう。まして「ともに復讐を成功させよう」と誘うケネスと、下検分に入ったニック宅のかつてニックと寝ていたベッドで激しく抱き合う始末。そしてダイアナ奪取に成功したケネスは、その後ニック殺害に失敗し逆にニックに殺されてしまう。おそらく王家のニック殺害の指令であろう、ひとり居るニック宅に魔女ジュリエットが現われる。「母を殺したな」とニックが詰め寄ると、「あれはダイアナだけが狙いだったのかと思ってた」と言い訳する。これもひどい。フェラート(王家の諜報・暗殺集団)がニック宅の近所の住民を無残に殺戮し、グリム一族殲滅こそ王家の目標であることを少しでも顧みればそんな弁解はできないはず。しかも、ケネスにホテルの部屋の作戦会議で、ケリーのことを「手強い相手だから」と注意し、殺し合いになることを想定していたのであった。明らかにこの惨劇のケネスとの「共同正犯」である。だいたいヘクセンビーストになる前から、いろいろな状況でジュリエットは嘘をつくのが上手なところがあった。ダイアナ奪取とケリー殺害の手柄で王家から厚遇を保証されたヘクセンビースト、ジュリエットがニック殺害という最後の仕上げに登場したのだ。
「殺して、私を楽にして」と言うジュリエットの首を両腕で締め上げながらもやめてしまったニックに対して、「それなら私が殺してやる」とヴォーガしニックを窓に叩きつけ、「さよならニック」と言ってトドメを刺そうとしたジュリエットは、ニックの妹分の美少女グリム、そばに隠れていたらしい妹分グリム=トラブルの「さよならジュリエット」の声とともに放たれたクロスボーの矢に胸を突き刺されるのであった。思わず「よくやったトラブル」と快哉を叫んでしまった(?)。何のことはない、ジュリエットは、『シンウルトラマン』で最強宇宙怪獣ゼットンが最強宇宙兵器ゼットンに改造されてしまったように、 突然乱入した黒の戦闘服の一団によって〈遺体〉は運び去られ、蘇生され脳中枢の手術によって改造されて、シーズン5では政府の対凶悪ヴェッセン組織の秘密組織HW(ハドリアヌスの長城)のヘクセンビースト戦士イヴとして、登場するのである。おいおい。この物語の主要舞台であるポートランドオレゴン州にあり、オレゴン州は死刑制度定着の州であるから、とうぜん火炙り否死刑になるところを、魔女ジュリエットは、人格改造と一生の社会奉仕の罰になったということだろう。

 


   なおニック役の男優とジュリエット役の女優は結婚していて、ジュリエットは嫌いでも女優のエリザベス・トゥロックは激しい憎悪の底にニックへの愛と未練を残しつつ、ニックの母親殺しの凶行に加担していく魔女の怖くかつ切ない表情を演じていて嫌いにはなれないのである。一方の魔女アダリンドは弁護士でもあり、もともとは勉強ばかりしていた真面目な女性で、ヘクセンビースト故に王家に利用されてしまったのであって、チェーホフの「可愛い女」であり、そしてニックの下着フェチ(?)を見抜いて仕掛ける小悪魔的なところをもっている。アダリンドは、生まれた男の子の名前をすぐにケリー(Kelly)としたが、男女どちらにも使用される名前らしく、ニックの母の名前と同じ。アダリンドのじつは育ちのよいやさしさだ。最終的に二人は結ばれ、20年後、ダイアナが弟のケリーに「パパとママと合流してヴェッセン退治に行くよ」と。エンド。

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