魔女(ジュリエット)は緑色がお好き(米国NBCドラマ『GRIMM╱グリム』) 

 Hulu配信の米国NBCドラマ『GRIMM╱グリム』は、シーズン4が山場であろう。末期癌でポートランドのニック刑事のもとを訪れた叔母が、この現実世界には正体を隠してふつうに暮らしているヴェッセン(魔物)が多く実在し、その中に凶悪なヴェッセンがいて犯罪を起こしている、これらを退治する役割を負ったグリムの家系、ニック刑事はその血を継承しているのだと知らされる。各エピソードごとに、同僚とともに、ヴェッセンによる凶悪犯罪の真相を突き止める話の構成と、全体を貫いてニックの(事実婚上の)恋人ジュリエットと、同僚、友人の善良なヴェッセンカップル(モンロー&ロザリー)らが、ヴェッセン暗殺組織を使って世界支配を企む王家、国際的なヴェッセン犯罪組織などと対決する物語が、時おり交錯しながら展開する。シーズン4では、中世魔女の帽子の魔法でジュリエットに化けたヘクセンビースト(魔女型ヴェッセン)アダリンドと寝てしまったため、グリムとしての特殊能力を奪われたニックは、反対のことをすれば元に戻ると知らされ、同じ帽子を使ってアダリンドに化けたジュリエットとベッドを共にして成功、ニックはグリムに戻れた。ところがケアザイタ(人間)がヘクセンビーストに化けた副反応でジュリエットは体調を崩し、ある日鏡の前に立つと自分が興奮でヴォーガ(ヴェッセンに一時的に変身)しヘクセンビーストの醜悪な顔を晒していたのだった。数日後多忙なニックを前に「ニックあなたを心から愛しています。この私を見て」と、ヴォーガしてカミングアウトすると、ニックは衝撃を隠さず「ひとりで考えたい」と夜の街に飛び出し、翌朝ソファで寝ていた。「魔女の横に寝るのはできないのね」「いや寝てるのを起こしたくなくて」とニック。ニックの器の小ささ、(ジュリエットの苦悩と孤独感に対する)鈍感さと独りよがりの気遣いこそが、一面天使のようなジュリエットを闇落ちさせ、邪悪な側に追いやったと言っても過言ではない。(しかしアダリンドとの同居生活では、さすがにニックも失敗から学んだようだった。)さらにジュリエットに化けてニックと寝たアダリンドがニックの子を宿し、ニックもたいせつに育てたいとの姿勢を示して、ジュリエットの憤怒と憎悪が頂点に達し、王家の厚遇を約束に陰謀に加担し、冷徹で残酷なリーダーのケネス王子とベッドを共にしてから、自分を信頼してくれていたニックの母=グリムの斬首殺害を誘導、王家がレジスタンスに奪われ、血眼になって探していた恐るべき能力の幼女ダイアナの奪取を手助けしてしまった。
 この後ニックは「必殺仕事人」のような闇の始末としてケネスを殺害。王家の指令であろう、ニック殺害にニック宅にやって来たジュリエットを、ニックの妹分のグリム=トラブルが間一髪クロスボウで射抜き殺害。シーズン4は怒涛の展開と悲しい結末。しかしジュリエットは、政府系対凶悪ヴェッセン犯罪組織によって、大脳中枢の手術を施され邪悪な情念・欲望に動かされない最強ヘクセンビースト戦士イヴとして蘇生されたのであった。

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 それにしてもニックの恋人ジュリエットの変貌にはふつう驚かされるのだが、遡って視聴してみると、一面天使のようなジュリエットも、その内には魔性を秘めていて、案外ヘクセンビースト(魔女)になったのは、きっかけはきっかけとしても必然性があったのかもしれないと思うに至るのである。ジュリエットの魔性を窺えるエピソードとして、シーズン3の10話のエピソード「見守る眼差し(EYES OF THE BEHOLDER)」が格好。学生時代の親友がDVに苦しんで、ジュリエットのところに逃げ込んでくる。獣医としてのジュリエットの仕事も手伝ったりして寝泊まりをさせていた。ある日カフェでニックも呼んで3人でお茶をした。親友は、「It sort of feels like we're back in the dorm, right?(学生寮の時に戻ったみたい?)」と言えば、ジュリエットは「 Yeah.(本当ね。)」親友は「Except for Nick of course(もちろんニックを除けばね。)」ジュリエットが「Aw, I wish he'd been there.(ああ、ニックもそこにいればよかった。)」すると親友は、「Yeah, if only.(一人だけならね。)」そして笑いながら「Some of the guys that she was with…… .(ジュリエットが付き合っていた内の何人かはできてたし……。)」これにはジュリエット慌てて、「Hey! Whoa!(何よやめて!)」と強く否定。親友がトイレに立った時にも、「She was kidding about the guys, mostly .(男の子たちのこと、ほとんど冗談よ。)」と(別のことで考え込んでいる)ニックに。Hulu配信の吹き替え・日本語字幕とも(親友の言葉がたった一言)「彼氏たち」となっているが、二股どころか、実際はもっと複数の性的に奔放な関係を楽しんでいたのではないか。別に非難されるべき青春時代でもないが、ジュリエットがヘクセンビーストになって、王家の傍流の王子レナード警部と、次に復讐のために手を組んだケネス王子とすぐにしかも能動的にベッドを共にしているのも、一面天使のような底に潜在していた本来の淫乱さが現われたとみることができよう。(反対に、小悪魔アダリンドは司法試験合格目指して勉強ばかりの青春だったと、ロザリーに語っている。)
 このエピソードでは、親友の夫が隠れ先を察知してニック宅を急襲、(じつは善玉のヴェッセンであった)親友にグリムの自分を恐れなくていいからと、玄関に背を向けて説得していたニックが一発殴られて床に倒れ、親友を無理やり連れ戻そうとするところ、ジュリエットは応戦。はじめ投げ飛ばされるがフライパンなどの台所用品を使って反撃、相手が怖いヴェッセンに変身しても、ニックから知識を得ているので少しも怯えず「それが何よ」と言って猛攻撃、ついに相手を床に転がした。起き上がったニックが拳銃を持って「動くな」と威嚇したときは、親友も加わりすでに勝負がついていた。むしろニックが来なければ男はさらに半殺しになっていただろう。

 この時のジュリエットが露わにした暴力性・攻撃性こそ、ヘクセンビーストになってからの容赦ない攻撃性・残虐性にそのまま繋がっているのである。あるいは、アダリンドのニックの子妊娠をケネス王子から知らされて激昂、警察署に乗り込み、たまたまニックと並んで廊下を歩いていたアダリンドに突撃、ニックが庇うと「ニックどいて、このbitchの首をすぐに絞め殺してやるから」と怒鳴った時の激情とも。つまりきっかけは呪法と薬剤の副反応としても、一面天使のようなジュリエットはなるべくしてヘクセンビースト(魔女)になったのであった。
 アメリカのハロウィンに登場する魔女が緑色の肌をしていることは周知のことらしい。原口碧さんの「緑色の象徴についての一考察—平安鎌倉時代の日本とフランス中世の事例から—」では、
▼日本と類似した例として、以上に挙げた緑色の象徴性は、概して正の価値を持つ色であったと言える だろう。しかしながら、ヨーロッパの緑色について は、さらに、これらのイメージとは相反する負の象 徴性が伴うことを言及する必要がある。負の側面、つまりそれは危険な存在を表す色、また悪魔的で、 異教的な色としての緑である。こうした負の価値を 帯びた緑色の事例は、中世の文学作品や旅行記、年 代記などの記録において明確に現れる。12 世紀の人 文学者ブルネット・ラティーニが記した『宝典』は、 旅行記や博物誌を基にさまざまな知識を集めた書物 で、その中にはインダス川の向こうには緑色をした 人々がいるとの報告がある 。この記述では、遠く離 れた未知の国の人々は奇怪で異教的であると強調す ることが、緑色という表現につながったように思わ れる。▼ 

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 つまり緑色は悪魔的な異教的な色として負のイメージがあったということである。だからこそ魔女の肌の緑色であり、身に纏う衣装の緑色なのだろう。さて、魔性の女ジュリエットは、ヘクセンビースト戦士イヴになっても一貫して緑色(あるいは青緑系)が好みのようで、まるで緑色のファッションショーである。周知のようにオスカー・ワイルドのグリーンカーネーションは同性愛の緑色であるが、ジュリエットの緑色は中世以来の魔女の緑色なのである。

シーズン2

シーズン3

シーズン3

シーズン3


シーズン4

シーズン4(コートの色は青緑系のターコイズブルー

シーズン4

シーズン4

シーズン4

シーズン6

シーズン6


 函を含めてすべて装幀が緑色の、澁澤龍彦著『毒薬の手帖』(桃源社 1963年初版)