東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな(春な忘れそ)
今日の寒さからは、とても梅の花のことなど思いも及ばぬところ。
「大阪のおばちゃん」風の再婚相手役とは意外な登場場面であったが、けっこうハマっていた感じ。女優東風万智子(真中瞳)は、舞台で馴染みがある。初めて観たのは、2004年8月江東区ベニサン・ピットにて、tpt公演アリ・エデルソン(Ari Edelson)演出『シカゴの性倒錯』。下着姿も晒して大胆な演技に挑んでいた印象。
次の舞台は、2006年5月、彩の国さいたま芸術劇場大ホールにて、蜷川幸雄演出のシェイクスピア作『タイタス・アンドロニカス』。かつての観劇記を再録。
◆5/5(金)こどもの日、彩の国さいたま芸術劇場大ホールにて、蜷川幸雄演出の『タイタス・アンドロニカス』を鑑賞した。シェイクスピア作品の中でも、復讐の連鎖が生む悲劇で、もっとも残酷な場面の多い作品だ。個人的には、『ハムレット』の次に好きなシェイクスピア作品である。
ローマ先帝の後継者争いから端を発し、敗北させたゴート王国の女王タモーラ(麻実れい)の息子の一人を、自分の息子の弔いの犠牲として処刑したことにより、ローマを勝利に導いた武将タイタス・アンドロニカス(吉田鋼太郎)は、みずから指名した新皇帝サターナイナス(鶴見辰吾)の妃となったタモーラの復讐の餌食となってしまう。息子たちは次々と反逆者および犯罪者として殺され、最愛の娘ラヴィニア(真中瞳=東風万智子)は、タモーラの二人の息子たちから乱暴され、両手を切断され舌を抜かれてしまう。
(タイタスとラヴィニア:「同公演プログラム」から。写真は、清水博孝)
タイタスは弟マーカス(壤晴彦)および唯一生き残った息子ルーシアス(廣田高志)と協力して、ゴートの軍の力も借り、タモーラ親子に復讐する。ゴート軍との和睦の宴として設定された機会に、二人の息子をあらかじめ殺して肉と骨のパイにして、その母親に食べさせ、彼女も殺してしまう。その前に、不憫な娘ラヴィニアの命も奪っていた。タイタスは、皇帝サターナイアスに殺され、彼をルーシアスが剣で刺し、その後ルーシアスが新皇帝に推挙される。タモーラの下僕のムーア人エアロン(小栗旬)は、タモーラの情事の相手であって、彼女のすべての復讐劇の段取りは、この男が考えたものであった。タモーラとの間にできた赤ん坊は、全身黒い肌だった。エアロンは、土中に埋められる極刑に処せられるが、彼との約束により、ルーシアスは、この赤ん坊の命を助けた。
最後の場面で、ルーシアスの息子(子役)が中央でこの黒い肌の赤ん坊を抱いて、希望のような、絶望のような叫び声を発してこの劇は終わった。明らかに、復讐の血の連鎖が止まるところを知らない現代世界に対する、次世代に託した蜷川氏の祈りのメッセージであろう。インタビューに応えて、「希望を追い続ける意志とプロセスの中にだけ希望は内包しているものだと思います」(同公演プログラム)。
舞台全体が白い色で統一され、布や糸で示される血の赤さをとくに強く印象づけられた。まるで、ある時期のサム・フランシスの絵画作品を思わせる、脱色彩の舞台であった。吹き出す血を糸や布で示す演出は、日本伝来の方法で、谷崎潤一郎原作の『恐怖時代』ですでに蜷川氏は試みているし、格別驚くことではなかった。
とくには、マーカス・アンドロニカスを演じた壤晴彦のたしかで深みのある台詞回しには酔ってしまった。なお、わが鑑賞の席は1階LA列16番。両隣が若い女性で、そちらも気になった芝居見物だった。(2006年5/6記)
3度目に観た舞台は、2016年9月新橋演舞場にて、美内すずえ原作、G2脚本・演出の『ガラスの仮面』。水城冴子という「ツッコミ」役、しっかりと「強気に」こなしていた。