社会学者中野卓先生

 医療批判記事で昨今暴走気味の『週刊現代』(講談社)9/10号に、岸政彦龍谷大学教授の「わが人生最高の10冊」という記事が掲載されており、そのベスト10冊の第3位の書物に、中野卓著『口述の生活史』(御茶の水書房)が挙げられてあった。不覚にもこの書は未読のままであるが、中野卓先生は、東京教育大学社会学専攻科のわが恩師であり、理論書の代表作である『家と同族団の理論』(未来社)は熟読している。こちらが手紙で文脈上の間違いを指摘したときには、大いに感謝していただいたことを記憶している。石川県七尾の鰤定置網漁村での数日間のフィールド調査実習では、漁師家族の生活史をどう聴き取ったらいいのか、現地民宿の部屋で具体的に指導してもらっている。もっとも、親しくなった漁師に早朝漕ぎ出した漁船に乗せてもらい魚を獲る現場見物を楽しみ、ひっくり返したバケツの底に醤油を流し、穫れたての魚の刺身をご馳走になった思い出のほうが鮮明であるのだが。
 退官後中野先生は千葉大学へ、その後中京大学に転職されている。千葉大学での退官記念講義は、わが船橋市から近いこともあり、拝聴した。当時の東京教育大学社会学研究室には、わが国数理社会学の先駆者安田三郎先生が在籍で、二人の研究手法は対照的であった。安田三郎先生は、その後東京大学広島大学関西学院大学と研究の場を移されている。安田三郎先生は、某新聞に「文学のなかの社会学」という連載を載せることを予定し、こちらが文学関係の資料集めのアシスタントとして手伝う一年ほどの期間があった。担当の編集者が交替し、企画は立ち消えになったが、新宿紀伊國屋ホールで一緒に三島由紀夫作『わが友ヒトラー』を観劇したりして、じつに充実したときを過ごしている。思えば、個人的には社会学の研鑽にあまり熱心ではなかったが、畏怖を感じさせる学者に出会えた恩恵は計り知れないのである。
 岸政彦氏は、同誌で件の書について書いている。 
……『口述の生活史・或る女の愛と呪いの日本近代』は、社会学の世界では伝説的な本で、「奥のオバァ」と呼ばれる女性の口述をまとめたものです。著者の中野卓さんは私と同じ社会学者。公害調査のため、岡山の水島コンビナートを訪れたときに、たまたま出会ったお婆さんに惹かれて、東京から何回も通い詰めてその話を本にまとめられた。彼女の口から語られる満洲北朝鮮での体験談は、大きな渦の中で個人が翻弄されていく日本の近代史そのもの。オバァが暮らすのは山と海に挟まれた小さな村で、インタビューを終えた中野さんが「じゃあ帰ります」と家を出たとき、一番に目に入ったのはおそらく石油コンビナートだったはず。近代社会と個の対比をいちばんに伝えたかったのではないでしょうか。……(p.132)

 http://lifestory2013.blog.fc2.com/blog-entry-25.html(「桜井厚:中野卓先生が逝く」)

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