ウエルベック『服従』読了


 ミシェル・ウエルベックMichel Houellebecq)の『服従』(大塚桃訳、河出書房新社)読了。面白かった。ユイスマンス(Huysmans)の研究で博士号を得た主人公フランソワは、パリ第三大学で教授となり、多くの女子学生と一時的な男女の関係を楽しみつつ独身生活を貫く。ミリアムというユダヤ人女子学生とだけは、別れられない関係が続いていた。二人の抱擁場面の描写は、即物的で、美味・珍味の料理に舌鼓を打つ場合とほとんど同じ描き方に徹している。そこが愉快である。しかし政治情勢が緊迫し、独立した二人だけの官能の世界の存続は許されなくなってくる。
 右翼の国民戦線と、イスラーム同胞党との一騎打ちとなった大統領選挙戦で、左派の社会党と中道・右派のUMP(国民運動連合)がどちらにつくかによって、いずれにせよフランスの近未来の国家システムが大変動する危険性が生まれているのである。政治・政局にあまり関心のなかった主人公も、その人生が揺さぶられようとしている。
 フランソワの誕生日にミリアムが、彼の自宅を訪問するところは印象的である。腿を大きく開いたミリアムは、「ショーツを穿いていなかったし、スカートはあまりにも短かったので、毛を剃ったあどけないヴァギナの線が現れた」とある。ミリアムは、直後フランソワの「前に跪いて、長く優しくアヌスを嘗め」「睾丸を嘗め」、それからフランソワの「いま」の声とともに、性器をくわえた。「止めて……」のフランソワの声で、ミリアムは口を離した。そして、
……今回ぼくは前もってスシを頼み、午後半ばから冷蔵庫に入れておいた。それからシャンパンが二本冷えていた。
 彼女は一口飲んでから言った。
「ねえ、フランソワ、わたしは娼婦でも色情狂でもない。こんな風にくわえるのは、あなたが好きだからよ。本当に。知ってる?」
 ああ、ぼくは知っていた。それから、他の、彼女がぼくに言えないことがあることも。ぼくは彼女を長い間じっと見つめ、どうそれを切り出そうかと考えたが、上手くいかなかった。彼女はシャンパンを飲み干すと、ため息をつき、手酌で二杯目を注いで、ついにこう告白した。
「うちの親、フランスを離れることに決めたの」……(pp.97~98)
 結局社会党とUMPは、ファシズムを恐れてイスラーム同胞党の支持に回り、ベン・アッベスが大統領となる。主人公フランソワは、イスラーム政権の教育政策の下では、教授職の続行は無理となり辞職するが、やがてすぐに大学庁長官に任命されるパリ=ソルボンヌ・イスラーム大学学長ロベール・ルディジェの説得により、信仰告白の儀式をへてムスリムとなり大学に復職するのである。エリートのムスリムとなるのであるから、一夫多妻の恩恵に与れることを、フランソワは期待してもいる。主人公の生き方のある一貫性が感じられて、そこも面白い。
……女子学生たちは皆が、どんなに可愛い子も、ぼくに選ばれるのを幸福で誇りに思うに違いないし、ぼくと床を共にして光栄に思うだろう。彼女たちは、愛されるにふさわしいだろうし、ぼくのほうも、彼女たちを愛することができるだろう。……(p.289)
 いろいろな料理についての記述が多いのは、フランス近代小説の伝統に忠実であるということであり、思想史的にも「西洋の没落」以来のいわば「没落もの」の範疇に属するのではないか。巻末佐藤優氏の「解説」の「イスラエル・インテリジェンスの元幹部」氏によれば、この作品がヨーロッパ人に強い衝撃を与えた要因は、「イスラーム国」の脅威と、ヨーロッパが内的生命力を喪失しているのではないかとのヨーロッパ人自身の危機感との、二つであると指摘している。なるほど。
 多面的で豊かな知的および痴的会話とともに饗される料理はともかく、主人公が呑んでいるブハ(チェニジアで作られているイチジクの蒸留酒)、ムルソーブルゴーニュの評価の高い白ワイン)、赤ワインリュリ、イルレギー・ブラン(白ワイン)など、入手できれば呑んでみたいと思った。
 さらに感心したのは、ファッションと風俗についても蘊蓄があり、現代という時代を否応もなく感じさせる小説であることである。ビスチェとか、下着のGストリング(ストリング)とか、調べてはじめたわかった次第。
(わが所蔵のユイスマンス作品)
【参考】
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20150126/1422273777(「池内恵イスラーム国の衝撃』を読む:2015年1/26」)