医学・医療の正統を知る

 大場大(まさる)医師の『東大病院を辞めたから言える「がん」の話』(PHP新書)を読む。大場氏は、がん外科医かつ腫瘍内科医として、がん研有明病院および東京大学医学部附属病院で多くのがん患者の治療にあたってきた臨床医である。外科手術において手技のレベルが決定的に重要である心臓外科と脳外科と異なり、質の高いがん外科医とは、1・手技、2・学問に対する深い理解、3・人間性について高いレベルで備わっている医師のことであるとしている。
 本の題名だと、「東大病院に代表される権威に対する、安直な批判」との印象を受けかねないが、内容的にはフリーの立場(現在セカンドオピニオン外来の「東京オンコロジークリニック」院長)となって、現代日本の医療を取り巻く現状に、医学・医療の正統の立場から警告を発したもの、といえるだろう。例えば消化器がんの外科手術にあたって、リンパ節の掃除=郭清(かくせい)をどこまでするのかなど図解されていて、全体的に素人にもわかりやすく学ぶことができる。
◯要するに、同じ「医師」とはいっても、レベルはピンからキリまで様々だということです。自称「名医」は世の中にごまんと溢れかえっていますが、患者さん側からは一体どのようなレベルの医師なのか、その正体が具体的にみえにくいこともまた大きな問題といえるでしょう。(p.42)
◯しかし、宗教にも似たよほどの信仰心でなければ、もはや新しい医学についていくことも難しくなってきている。(超)高齢医師に最善の医療レベルを期待するというのは酷というものです。いつまでも過去の輝きが忘れられないドラマチック効果で、現在は無知であることを知ろうとしない「老害」というものには気をつけたほうがよいでしょう。(p.49)
◯⦅堤未果『沈みゆく大国アメリカ』(集英社新書)に触れて⦆今ある国民皆保険制度は「日本の宝」であり、何が何でも守らなくてはいけないとする主張について、マクロ的な医療経済の視点と著者の体験談のみで力説されていますが、論じるべき「問い」がたくさん抜け落ちているように思います。国民皆保険制度を実際に支えているのはわれわれの税金であり、この制度による社会保障制度のバラマキによって多大なる負の要素を抱えている側面も取り上げたうえで総合的に検証するべきでしょう。また、質の高い現場医療を支えているのは、利他の精神で育まれた医療従事者による理性と勤勉さが原動力だということです。(pp.54~55)
◯新国立競技場問題の事例と酷似しているのですが、各地域で多くの粒子線治療装置の施設の建設ラッシュがすでに見切り発進されていると聞きます。今後、この治療に対してどのような評価が行政として下されるのでしょうか。節度ある理性的な対応を期待したいところです。(p.70)
◯(米国でベストセラーの、ケーリー・ターナー『がんが自然に治る生き方』に触れて)学術論文としては評価が乏しいのに、一般向け書籍にするとベストセラーになるというのは不思議で厄介なジレンマです。この背景には、保険医療制度の恩恵によって、本来は高額な治療を安価に受けることが当たり前である日本と異なり、医療費という大きな経済リスクを背負わなくてはいけない米国社会だからこそ、信仰やスピリチュアルのようなものに傾斜しやすい病理が存在していることを吟味する必要があります。(p.108)
◯緩和ケアを上手に専門的に実践できる医師が広く育っていかないかぎりは、夢のように痛みを取り除いてくれることからギリシャ語に登場する夢の神モルペウスが語源である「モルヒネ」が、いつまでたっても「がん=壮絶な苦しみ」が強調される悪魔のようなイメージとしてとらえ続けられることになるでしょう。(p.125)
◯欧米先進諸国と比べて、これほどまでに抗がん剤に対する負のイメージが強いのはこの国独特の異様な風潮です。これは決して、健全だとはいえません。抗がん剤は、場合によっては最善の治療であるはずです。(p.145)
◯しかし、最近の抗がん剤治療の領域は、当時と比べて一八〇度といってもよいくらい劇的に一変しています。(※例として、大腸がんの抗がん剤治療の場合、かつては一種類のみの治療法であったが、いまは標準治療の多くの引き出しが用意されているとしている。)
 腫瘍内科医師であっても、一年くらい勉強していないと、もはやその進歩についていけなくなるくらいです。抗がん剤を使用する医師も実際に治療を受けている患者さん自身も、お互いに効果を強く実感できるような時代なのです。
 また、抗がん剤の副作用をできるだけ軽減するための治療である「支持療法」という学問も進歩してきたことで、患者さんに苦しみだけを与えていたように映っていた過去の抗がん剤の性格とはまるで様変わりしました。(p.148)
◯当然のことながら、以上述べてきた効果がすべての患者さんに確実にみられるわけではありません。また、患者さんの状況をみて、抗がん剤治療による利益よりも不利益のほうが上回りそうだと判断された場合、トレーニングされた腫瘍内科医は、無理して抗がん剤治療を勧めるようなことはしません。(p.154)
◯(がんは放置せよ、との近藤誠氏の放置療法について、「がん幹細胞」が悪さをし、全身に広がるのを、ただ指をくわえて眺めているだけの行為と断じ、)何も施さない治療は、一般の患者さんに最期の最期まで苦痛を与え、不幸にしてしまうリスクのほうが高い行為であることは、賢明な読者にはすでにおわかりでしょう。結局は、がんの物理的な圧排で悪液質(※近藤理論では、飢餓状態の別な表現とする)が訪れるという主張は、何もしようとしない不誠実、何もできないスキル不足が生むたんなる怠慢であって、氏の著作の冒頭の見出しにある「まずはがんを理解すべし」という以前に、医師として失格であると烙印を押さなければなりません。(p.184)
◯彼(※近藤誠氏)のような医師を生み出す、不健全な病理がこの国にはいたるところに存在しています。サイエンスをしっかり理解できないメディアや、思考停止から脱却できない国民性につけ込むことで、倫理が欠如した「白衣を着た詐欺師」が増殖を続けています。健全ながん医療現場、理性ある医療従事者をイタズラに妨げる異質な思考破綻に対して、批判的になれる賢さを読者ひとりひとりに是非とも身につけてほしいと願うばかりです。(p.220)



 http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/azuma/201511/544543.html?n_cid=nbpnmo_mled
  (『女優の死、主治医は「とんでもない医者」だった?』)
【参考】
 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20150324#p1(『NATROMの日記:「過剰診断」とは何か』) 
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20130421/1366554715(「治療ニヒリズム:2013年4/21」)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20150715/1436933361(「8年ぶりに胃・食道内視鏡検査受診:2015年7/15」)