『楢山節考』の舞台



 船橋市在住の知己俳優真田五郎氏(手織座所属)との縁で、劇団手織座の舞台は何度か観ている。2001年10月両国シアターχ(カイ)での『そして心は踊る』など意欲的な公演も印象的であったが、手堅くレパートリーを上演していたようである。座長宝生あや子さん主演の舞台では、音楽劇『楢山節考』が美しい詩情に溢れ感動的であった。ご冥福を祈りたい。
 http://asianimprov.at.webry.info/200509/article_13.html(「手織座公演『そして心は踊る』」)
 この作品、しかし現代日本史学から批評すれば、かなりな「歴史離れ」の世界を造形しているらしい。原作者深沢七郎さん逝去の折、埼玉県のララミー牧場のすぐ近くで過ごしていたわりには、この原作小説を読んでいないのだが、山への姥捨ての筋立ては大きくは変わってはいまい。
 与那覇愛知県立大学准教授の『中国化する日本』(文藝春秋)によれば、「確実な避妊技術の乏しい前近代社会では、放っておくと人口はパンパン膨張するのに対して、化学肥料もビニールハウスもない中で農業生産力はちょこっとずつしか上昇しませんから、必ずどこかで食糧に対して人口が過剰になり、飢餓や内戦が勃発する」という、「マルサスの罠」について触れ、江戸中期以降の農家では基本的に、「家を継ぐ人」=長男以外は嫁をとれず、次男以下は都市へ出て働くこととなった。速水融(はやみ・あきら)氏の調査では、大垣藩西条村(岐阜県)から江戸時代最後の約100年間に都市へ働きに出た男女394人(うち継続中の65名を除くと329名)のうち、奉公の終了理由として最多のものは「死亡」の126名で、見ようによっては4割近くに達しているとのことである。(戦時下の日本で、赤紙が来て出征した人々の中で本当に戻ってこなかったケースは、4人ないし5人に1人だった。)
……要するに、『楢山節考』は伝説に材を取ったフィクションですが、出稼ぎ者の高死亡率は実証に基づく史実ですから、標語にするなら「姥捨て山は偽の江戸、孫捨て都市が真の江戸」なのです。若者たちの将来のために老婆が犠牲になるのではなくて、イエを長男に継がせたいジジイやババアが生き残るために、次男・三男を都市に捨てていたわけです。
 18世紀の全国人口の停滞(すなわち、マルサスの罠)というのも、農村部の人口増加分を、都市部の高死亡率および低出生率がすり潰して相殺していたというだけで、これを速水氏は『都市の蟻地獄』効果と呼んでいます。「姥捨て山は偽の江戸、孫捨て都市が真の江戸」、これを百遍でも繰り返して頭に叩き込むことが、江戸時代のみではなく今日の日本を考える上でも、絶対に必要です。……(p.100)