作家藤田愛子さん健筆とのこと

東京新聞「大波小波」)

 現在93歳で作品を発表、日本文藝家協会編『文学2015』に掲載されているとは驚嘆。深甚なる敬意を表したい。
 昔処女作品集『地下の寝台』(YCC出版部)の恵贈に与ったことがある。YCC出版部社長でもあった、文藝評論家ゆりはじめ氏の句集『キャッツアイぷらす1/2』(YCC出版部)の横浜での出版記念会に出席した、縁などがあってのことである。白状すれば未読のまま今日に至っているのであるが、大急ぎで表題となっている作品「地下の寝台」を読んだ次第。なおこの作家の作品を読むのは、はじめてではなく、『デジタル文学館』ですでに「披露山中毒」を読んでいる。さすが好短篇との印象であった。
 http://dijitalbungakukan.web.fc2.com/30hujitaaiko_hirouyamatyudoku.htm(「藤田愛子:披露山中毒」)
 さて「地下の寝台」。会社の部長である夫と別れて、フランスの銀食器を扱う会社の日本支社で、ひたすらその銀食器をネルの布で磨く仕事に就いた中年も終わりにさしかかりつつある女性がヒロイン。部長はフランス人女性マダム・ベコオで、人使い荒く、低賃金労働を強いられている。彼女の息子のような年齢の同僚の男は、フランス語に堪能だが、単調でやりがいのない仕事に空虚感を抱いている。ある日昼食に誘われ距離が縮まるが、ただ街を一緒に歩いたり喫茶店に入ったりする以上には発展しない。彼は、日曜日に教会に行き牧師の説教を聞き、昼には女と寝る生活らしい。あるとき銀食器の地下在庫室(ストック)で、この男の妄想の世界が語られる。ヒロイン園子もその世界に遊んでみる。地下室を占拠して曖昧屋(※売春茶屋のこと)とし、会社の誇り高き女性連中に働いてもらう。客筋は、「周辺のオフィス街の役職の連中」で、ヒロインはさしずめ客引きのおばさんということになる。二人は話に盛り上がる。左翼が〈輝いていた〉時代の雰囲気を、何となく感じさせる場面である。
 ヒロイン園子は、別離しても渡さなかった元夫の車の合鍵を持って、彼の勤務する会社のビル地下駐車場でその車を見つけ、車内の椅子で休息をとる。ここのところが面白い。
……彼女は椅子をうしろに倒して、その上で眼を閉じる。オフィスが終る六時半までには、まだたっぷり一時間はある。車のそとからはなかで眠っている彼女の姿態は見えない。園子は別れた夫の車のなかで、時給◯百円ぶんだけ仮睡をとるつもりだ。炯眼のマダム・ベコオも、彼女が地下のガレージの車の中で、休養をとっているとはよもや知らないだろう。杉山も伴冷子も、園子がまだホテルの地下室にいて、奴隷のように銀器を磨いていると思いこんでいるだろう。
 それにしても地下の室の車の中は、どうしてこうも居心地がよいのだろう。窓を細目に開ければ息苦しくないし、ヒーターがかからなくても暖かだ。眼にはいるのは、動かない車体だけである。……(pp.213~214)
 ※「車のなか」だったり、「車の中」だったりの表記はそのまま。

⦅写真は、東京台東区下町民家のピンクのカラー(モモイロカイウ:桃色海芋)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。コンパクトデジカメ使用。⦆