「忠臣蔵」の季節

(表紙画:石井崇「マヌエラ・カラスコの踊り」)
 開成学園文芸部OB会発行の『暁光以後8』(11月15日発行)を贈られた。高校時代の志の持続とも復活ともいえる文学活動に、敬意を表したい。目次は以下の通り。
 バブルの塔:松浦宏光 p.1 詩3題:大岡俊明 p.11  川端翁言辞録追補:飯田五十平: p.17
現代語訳『帰鶴物語』第二篇・第三篇:味形康雄 p.24 『武玉川』学習ノート(四):山本洵一 p.43
忠臣蔵」と映画:松村雄二 p.72
  http://www.oliva2004.net/hajimete/hajimete.html(「イシイタカシの世界」)
 大岡俊明さんの現代詩を読む。「六月」の第3聯、(第1聨で公園での、ニワゼキショウキキョウソウネジバナなど「花咲く雑草」との出会いを詠んでいる。)
 世間のまともなことは得意な人にまかす、
 老残と言われようとままよ、
 我ただの
 雑草の顔見知り。
 駿台予備学校でカリスマ世界史講師として多くの逸材を育ててきた人の、自画像作品を見せられた想いがした。
 飯田五十平さんの「川端翁言辞録追補」は亡くなったホームレスの男の生と死をめぐって、彼の仲間の証言によって小説を構成している。話を聞いた「私」の次の感懐は、作者の死生観が表明されたものであろうが、余計かも知れない。
……人生が苦しいとしたら、生きることが苦しいとしたら、出口を見つけようとするだろう、と私は思ってきた。死だけが唯一の出口なのだと。しかし翁の見方は違う。生は死からの逃避であり、生まれることは漆黒と沈黙の無の世界から出てくることであって、死はまたそこへ至る入口であった。……
 松村雄二さんの今回の「映画雑記」は、「忠臣蔵」を扱った映画の系譜。学者のものだけに、前回の「三銃士」もの同様実証的に丹念にまとめ、「忠臣蔵」関係の戯曲・小説一覧の付録も克明である。勉強になる。
 史実としての「忠臣蔵」事件の倫理的位相の問題について、みずからの見解を示している。
……彼らは、「忠義」とか「武士道」といった信義や大義の問題を、「恥」や「意地」という自己の信念に重ね合わせることによって責任を取ろうとしたのである。彼らにとって「家の恥」は自己の「恥」でもあった。……
 「御家再興」の論理や幕府の理不尽な裁きにたいする抗議などの「建前」を掲げて、内実は、「やられたらやりかえす」という本能的な「復讐」の心理が、赤穂浪士討ち入りの基底にあったとしている。
……いくら相手に言っても分からないということはあるのだ。それでも人は我慢しなければならないのか。そもそも根本的な解決など有り得ない以上、この問題は人類にとって永遠にテーマであるに違いない。……

 この本能にも通じる「意地」や「恥辱」の問題に触れているところに、「忠臣蔵」映画の人気が続いた秘密を見ているようである。
 池上英子New School大学院社会学部長の『名誉と順応』(森本醇訳:NTT出版)によれば、「この復讐は伝統的サムライ倫理の最高表現だとよく言われるが、実際は新しいタイプの敵討ちであった」ということで、
……四十七士の連帯は、徳川形態の大名政治体の成熟あってこそ可能だった。この形態において大名家の家臣たちは、藩政体すなわち「御家」の組織と運命をともにしていると感じていた。「御家」とは敬称つきの家である。主人の家はしばしば「御家」と呼ばれて敬われた。この言葉は単に狭い意味で「主人の家」のことを言うのではなく、そこに永続的に所属する家来をも含めた大名家の組織全体をも指していたのである。……(同書pp.221〜222)
 はじめは赤穂のサムライたちにも個人としての「忠義」(代表・堀部)と、「御家」としての「忠義」(代表・大石)が対立して存在したが、やがて「浅野家の家の復興が叶わぬ以上、名誉を取りもどす唯一の道は吉良公の殺害しか」ないということで一体化した。
 この復讐の所行に対して幕府は、「中世のサムライの生活を支配した諸価値よりも法と秩序の価値を重視する」とのメッセージを、サムライ社会に送って決着をつけたわけである。赤穂四十七士の「本能的反応とでも言うべき」(松村雄二さん)復讐の正当性は、観客・読者にとって、たとえば「ハムレット」あるいは「タイタス・アンドロニカス」に比べると根拠が弱いと思えるのではないか。丸谷才一氏の「御霊信仰」にも触れているが、あやしいところである。
 http://blog.goo.ne.jp/dotti5/e/0afa64c2e75d13a932ef95ebbfce57e5(「忠臣蔵とは何か」とは何か)
 http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/dentoh11.htm(「忠臣蔵」は御霊信仰で読めるか)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20100704/1278215868(サムライとは)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20110505/1304586883(「アメリカの正義」:復讐について)

名誉と順応―サムライ精神の歴史社会学 (叢書「世界認識の最前線」)

名誉と順応―サムライ精神の歴史社会学 (叢書「世界認識の最前線」)

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の白い椿。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆