浅草尾張屋の天丼

    浅草尾張屋は、浅草育ちであるからむろん行っている。ここの天丼は(いまも同じらしいが)海老が丼をはみ出るほど大きくて食べ応えがあった。いつかまた寄ってみたい店である。

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▼一昨年つくしこいし鳴く季節に亡くなった葉山修平は、長篇小説『小説・永井荷風』をある雑誌に連載していた。父の邸宅〈來青閣〉での、遠い日の生活を回想する件が描かれている。

 四十歳という年ごろに、どうしてあれほど草花や小動物に親しんできたのか。たぶん〈來青閣〉がそうさせたのだ。いま彼の陋屋には花ひとつない。まあ、いい。〈來青閣〉は遠い日の夢なのだ。なつかしさに、大正七年の「断腸亭日乗」の草花や小動物を追ってみるのだ。

 断腸花(秋海棠)を愛した断腸亭主人荷風のエッセイ「來青花」で、この來青花について、「園丁これをオガタマの木と呼べどもわれ未だオガタマなるものを知らねば、一日座右にありし萩の家先生が辞典を見しに古今集三木の一古語にして実物不詳とあり。然れば園丁の云ふところ亦遽(にはか)に信ずるに足らず」と書いている。どうやらこれは、モクレン科オガタマ属のトウオガタマ(別名カラタネオガタマ)らしい。五月ころからバナナのような香気を放って咲くというから「異香馥郁たり」の描写にも合致する。『小説・永井荷風』では、年経て荷風は、市川八幡宮の植木市でその名を知ることになる。
 さて長篇小説『小説・永井荷風』は未完のまま、作家は旅立って行った。昨年は、勝手に喪に服し、年初の挨拶を欠礼した次第である。(戊戌元旦)……2018年1/19記「文学作品のなかの花」より