日本の介護・医療制度|ドイツとの比較

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 ドイツ・シュトゥットガルト市在住の川口マーン惠美さんの『老後の誤算:日本とドイツ』(草思社)は、日本でのみずからの両親の介護体験を踏まえて、ドイツと日本との介護・医療制度について、実状に即した比較考察をしていて、大いに参考になる。「日本人は信じないかもしれないが、日本では、払っている税金や保険料の割には、人々が受けている福祉は悪くない。何よりも、福祉の精神がはっきりと貫かれていて、これに関しては、ほとんど社会主義の国のようだ」との現状認識が、今後の困難な課題を考える基底にある。なるほど、ルサンチマンやヨーロッパ崇拝で眼を曇らせないことである。カルテが間違っていれば、処方箋もはじめから有効性をもたないだろう。

 ドイツには、需要に応じてピンからキリまである民間のものと、公立のもの、社会福祉法人のものと老人ホームが存在するが、「潤沢な年金と十分な資産がない人にとっては高嶺の花だ。快適さでは劣るかもしれないが、裕福でなくても入れる特養のある日本の方が草の根的な福祉といえるのではないかと、ドイツの高齢者事情を見ると、いつも思う」とのことである。

 医療制度に関しても、治療の現場の実状を把握したうえで分析している。福祉国家のお手本として日本で憧憬の的であるデンマークホームドクター制度を紹介し、実は「ホームドクターの予約がなかなか取れない」こと、そしてようやく紹介状をもらっても、「大病院や専門クリニックはどこもさらに混んでいて、ひどいときはには、2ヵ月先、3ヵ月先にしか予約が取れない」現状で、「状況は年々ひどくなっている」。そこで、「診療報酬の高い」自由診療の病院が求められる。ドイツでも同じだそうである。

 著者が眼の不調があり、近所の眼科に電話をすると、「プライベート保険の患者でないと診ない」と断られてしまったそうである。「プライベート保険」とは、「お金持ちのための保険」で、普通の「法的強制保険」とは診療報酬の縛りが異なるため「医者の儲けが俄然大きい」。

 ただ、豊かな国民が私立病院に流れるとすれば、それを払える人と、払えない人の間で、医療の格差が広がり、「ゆりかごから墓場まで」という福祉大国のユートピアは静かに崩壊していく。医療の格差は、アメリカほどでないが、すでにドイツでも見え始めている。そして、いずれそれは医療の格差にとどまらず、貧富の格差に向かうだろう。

 それに比べて日本では、医療保険料は比較的安く、誰もが大病院に行くことができ、しかも自己負担分も低い。有名な医者を希望するならば、待ち時間さえ我慢すれば、それも叶う。支払っている保険料を鑑みれば、日本人が受けている医療サービスの質は、奇跡ともいえるほど高い。

 それは平等で、素晴らしいことだが、しかし、その分、大病院の混雑が進む。だから最近では、紹介状がなければ予約が取れなかったり、予約無しの場合、追加料金がかかったりと、パンク状態を緩和するため多少の防御措置は取られているが、それでもまだ追いつかない。そして、その分、いろいろなところに負担がかかっている。(p.95)