アメリカ保守派と貧困問題



 ニューヨーク市立大学院で修士号を取得しているジャーナリスト堤未果氏の『ルポ・貧困大国アメリカ2』(岩波新書)は、「政府と企業の癒着主義(コーポラティズム)」下での、中流以下の層の貧困と絶望の実状を報告している.精密な経済学の考察であればあるいは有効な処方箋があるのかもしれないが、このルポの利点としてそれぞれの立場でのアメリカ国民の生の声が聞け、おおまかなイメージがもてることである。
 教育、年金、医療、刑務所(犯罪)の分野ごとに、巨大企業が市場の自由の原理を利用・駆使しつつ、いかに多くの負債と貧困をつくり出し、そのことによって収益を増大させているかを明らかにしている.
 世界でも最高レベルのアイビーリーグ8私立大学とアイビープラスの6大学には高学力の富裕層の学生が集まり、それ以外の多くの大学では、資金難・経営難に苦しんでいる.奨学金制度はあっても、成績で選ばれるため、援助が必要な学生も競争でこぼれ落ちしまう.学生は、さまざまな連邦奨学金で足りない分を、サリーメイという政府から補助金も出る学資ローン企業に頼ることになる.保証会社や債権回収機構まで傘下に収めたこの企業への債務がふくらみ(1月の延納ごとに利子上昇し、滞納は債権化されさらに利子上昇)ながら、卒業してからも(10〜25年)消えないのである.全米大学生の3分の2が借りているローン総額は、900億ドルにも達しているという。
 低額の公的年金を補うはずであった企業年金が、経済危機でGMのように急に給付されない事態に至った.失業率の高い社会で、多くの高齢者があわてて職を得なければ生活できなくなったのだ.貯金がゼロというアメリカ人のこれまでの消費生活と4%のインフレが、問題をいっそう深刻化させている.しかも09年公的年金の給付額の削減も決定している.医療費は世界に突出して高く(GDP比15%)、たんに高齢化という背景ではなくメディケア(高齢者用公的医療保険)が医療費の5分の1を占め、このプログラムは製薬会社・病院経営者団体の非常に強い圧力を受けていて、薬価・医療報酬の価格交渉が禁じられているからのようだ。
 医療における国民皆保険制度への移行の試みも、製薬業界および医療保険業界の圧力で実現できそうにない.骨抜きにされた、民間保険との競争的共存案が検討され始めたが、すでに実施しているマサチューセッツ州では、民間保険に食われて州の保険は形骸化してしまっている.専門医の前に診察を行うプライマリケア医師は、診療報酬も少なく、また無保険患者の未払いが少なくなく、赤字で廃業してしまうケースも多い.これを目指す医学生が激減し、いまの半数以下になるだろうとのこと.貧困層に転落しメディケイド(低所得者用公的医療保障)を受給する国民が急増しているが、さらに財政を圧迫する要因となっている.
 驚いたのは、刑務所も100カ所以上が民営化されていて、連邦刑務所も含めて、部屋代・医療費・トイレットペーパー代など諸雑費を徴収するという事実だ.囚人は、福利厚生もなく発展途上国労働者および派遣労働者以下の低賃金で働かされるため、負債がどんどん増加し、出所するときには借金づけなのだ.3度有罪判決を受けると、すべて終身刑となるので、全米労働者の3割を占める非正規労働者より安い賃金で、国内アウトソーシングが可能な労働市場が成立していることになる.たとえば、某大手通信会社の番号案内に電話をかけると、すべて、どこかの女囚刑務所オペレーターにつながるのだそうだ。この労働市場を確実なものにするためか、「テロとの戦い」のスローガンの下、あちこちでホームレスが犯罪者として逮捕投獄されている.ジュリアーニニューヨーク市長のホームレス一掃が、かつて成果のあった治安対策として称賛されたことがあるが、知事就任前あたりから実際は犯罪率は減少していたそうである.つまり根拠もなく過剰な取り締まりが行われているのである.
 著者の堤氏は、社会主義という、その有効性に信頼が置けなくなった処方箋ではなく、アメリカ市民の主体的行動に希望を見ているようである.

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)