〈負け組〉のエネルギー

 NHKの朝ドラ『マッサン』で、北海道余市はりんごの生産で有名であり、その源は、明治の時代に新政府から追われて移住を余儀なくされた旧会津藩士たちが栽培したものであることを、初めて知った。いわば〈負け組〉が勁草として放つ強いエネルギーを思わせる。歴史にあまり関心がないので、それ以上調べる意欲はないが、季節労働者から港湾労働者となって思索と著作に情熱を傾けた、アメリカの社会哲学者エリック・ホッファーの『自伝』(中本義彦訳・作品社)についてかつて書いた紹介文を載せよう。
  http://www.town.yoichi.hokkaido.jp/anoutline/kouryuu/aizu.htm(「会津藩士とりんご」)
 28歳の時に、25セントで大量に買い込んだシュウ酸で自殺を図ろうとするが、「激情に打ち震えながら、シュウ酸を吐き出した。つばを吐き、咳をし、唇をぬぐいながら、暗闇にビンを投げ捨て」、それは、未遂に終わった。
 決行の日の朝不安にかられたことを次のように思い起こしている。
……今から思えば、私が急に不安にかられたのは、朝が、「明日」の消失にほかならなかったからだ……死は一ヵ月先でも、一週間先でも、たとえ一日先でも、恐怖をもたらすことはないだろう。なぜなら、死の恐怖は「明日」がないということだからだ。……
 32歳の時に、メキシコ国境のエル・サントロの季節労働者キャンプに滞在して働いた。そこでは、「無傷で五体満足なのは」200人中70人だけであった。しかしアメリカを、そしてオーストラリアを、シベリアを開拓してきたのは、痛みをともなう困難な行動を避ける「財をなした者」らではなく、これらの放浪者ではなかったかと、エリック・ホッファーは、みずからの発見を述べるのである。
……人間という種においては、他の生物とは対照的に、弱者が生き残るだけでなく、時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるためにこの世の弱きものを選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりもはるかに強いエネルギーを放出する。明らかに、弱者のなかに生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。弱者の影響力に腐敗や退廃をもたらす害悪しかみないニーチェD.H.ロレンスのような人たちは、重要な点を見過ごしている。……

エリック・ホッファー自伝―構想された真実

エリック・ホッファー自伝―構想された真実