代表制の〈穴〉

……秩序に熱狂したブルジョアが彼のバルコニーで酔っぱらった兵士の群れから射撃されて殺され、彼らの家族の聖遺物は汚され、彼らの家々は気晴らしに砲撃される—所有、家族、宗教、そして秩序の名において。市民社会のくずが最後に秩序の聖なる密集方陣を形成し、そして英雄クラピュリンスキが「社会の救い主」としてテュイルリ宮殿に入居するのである。……⦅カール・マルクス『ルイ・ボナパルトブリュメール18日[初版]』(植村邦彦訳:平凡社ライブラリー)pp.31~32⦆
※クラピュリンスキ:ハインリッヒ・ハイネの詩『二人の騎士』の主人公で、自分の金を湯水のように浪費するポーランド貴族。この名は、大酒飲み、怠け者の無頼の徒を意味するフランス語のクラピュールから創作されたもの。ここではもちろん、ルイ・ボナパルトを指す。テュイルリはパリの王宮で、政府が置かれていた。(同書訳注より)
 すでに評価の高い「表象と反復」と題する同書解説(付論)で、柄谷行人氏は、「中庸でグロテスクな一人物(※ボナパルト)が主人公の役を演じることを可能にする事情と境遇」を、たんに「階級闘争」を根底に見据えるだけでは、たとえばただの紙切れがいかにして貨幣となるのかという「謎」と同じこの「マルクスがいう謎」は解明されないと述べている。
……代表制あるいは言説の機構が自立してあり、「階級」はそのような機構を通してしか意識化されないということ、さらに、このシステムには埋めようのない穴があるということ、そこに、ボナパルトを皇帝たらしめた謎がひそんでいるのである。……(p.278)
 そして「代表するもの」と「代表されるもの」との関係には必然的な関係はありえず、本来的に恣意的な関係にすぎないことなど論じて、代表制=representationは、re-presentationつまり反復の問題であり、フランス革命からヒトラー総統の出現に至るまで(その名称はともかく)王(殺し)—大統領(共和制)—皇帝という構造的過程が反復されていることを明らかにしている。最後に資本主義経済との連関について述べている。このあたりの洞察はみごとである。
……マルクスがいった一般的利潤率の傾向的低下と、情報・富の階級的両極分解は、グローバルに進行している。しかも、それはもはや先進国と第三世界の分解ではなく、先進国の内部に第三世界が生じるような分解である。こうした危機において、旧来の代表制が機能しえないことはいうまでもない。われわれが予測しうるのは、こうした危機の想像的解決を唱える“ボナパルティズム”の出現である。……(p.303)

ブリュメール18日 (平凡社ライブラリー)

ブリュメール18日 (平凡社ライブラリー)

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のペチュニア(7/22本日の誕生花)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆