現代詩:太田浩「蝶」

        太田浩

もみじわかばの向うからくさやがほのかにただようまひる
古い歌によまれた橘の花がさいている
わらべは色紙買いに?
傾いた空家には雨漏りのあとがある
月澄む夜ふけあらわれる鬼面のヒト
とつぜん鵙(もず)が弾丸のように腦髄を射抜く


噴出する血のように瞬時に消える曼珠沙華
ミラボオ橋の下をセエヌはながれる
振った優しい手の淡いおもいで
わかものよ熊白檮(くまかし)の葉を長髪に挿そう
革命歌は蜃気楼からいつまでも聞えている
ひびき散る山吹の夕鐘


闇夜の波を酔いどれ船は突きすすむ
やがて薔薇いろの空から女神は微笑むだろう
雪の山に反響する木霊はだれか
だれか屍体を埋めてそっとみまわす
鍍金の剥げかかった月はむなしく廃墟を照らす
ちりぢりに戦争の果て


万国旗は繚乱としてコスモスは遠い
追憶の汽笛は烟にむせぶ日
狼の子らは玩具で遊んでいた
灯影に明日の手相を占うのだ
晴れやかに枝さしのべて崖に花はひらく
いまこそ海へ舞い立て!蝶!
                         —『薔薇』1976年創刊号より—

✻熊白檮(くまかし)の葉:ヤマトタケル 第9章 望郷の歌
「ミラボー橋」アポリネール 堀口大学訳 他多数の訳 - とおいひのうた いまというひのうた