http://uniaodosamadores.com/u/uniao/(「ウニアンについて」)
◆ 時計草は、西洋ではパッションフラワーというそうである。日本で時計の文字盤に見立てられたものが、彼の地では、イエス・キリストの受難にたとえられたのである。
澁澤龍彦の『フローラ逍遥』によれば、葉・子房・葯・雄しべ・副冠/蕚と併せて十枚の花びらがそれぞれ、刑吏の槍・十字架・釘・キリストの傷跡痕・かなずち・茨の冠・ペテロとユダを除く十人の使徒にあたるとされる。単純な形態の類似からというより、南米に乗り込んだスペインの伝道師らが熱い想像力でこの花に命名したのだろう。
最近注目されるように、パッションの語源であるパトスは、情熱を意味するとともに、受苦・受難こそ本来の語義なのである。どうしようもなく囚われてしまうから情熱なのである。
まさに時計草は受難の花であり、情熱の花である。というのは、我が家の庭にこれが植えられていて、その旺盛な繁殖力と毎日付き合わされているからである。
本体自体がいたるところから分身を増やし、そのどれにもつるが付いていてしっかりと茎を固定し、簡単には摘み取れない。しかも地中には地下茎が伸びていて、とんでもないところから分身を跳び出させる。
休みの日には、確実に花鋏でこれらを切り落とさなければならない。花も一緒に落としてしまうので、あやうくすまないとかもったいないとか思いがちだが、それでは負けてしまう。そんな感傷など有難がる相手ではない。こちらがちょっと油断しようものなら、たちまち庭中を占拠してしまうだろう。
時計草の種類は多いらしい。我が庭のは、純潔の白のなかに天国を意味するという青の含まれる花である。これはよく見かける品種で、ブラジルからヨーロッパに持ち込まれたという。
ヨーロッパ人たちは、巨大な河辺で、戦う女戦士たちとも出会ったのである。ギリシア神話の、弓を引くのに邪魔というわけで、右の乳房を切り取った女戦士たち、アマゾネスから河の名前がつけられたという。
夏の終わりに浅草のサンバ・カーニヴァルを見物した。本場ブラジルのダンサーの踊りはさすがで、サンバのリズムに乗って身を激しく揺すると、ないはずの右の乳房も左に呼応して、振動を増幅させた。時計草の生命力と同じものを感じて、沿道で興奮してしまった。
日本人女性グループの参加も多かった。ほとんど半裸の若い女性たちが、飾った車の荷台で踊っているのをすぐ眼前で見られた。リズムに乗っていて見事で、十分に官能的であった。でも、肌が褐色でなくライトに照らされて、白っぽい印象が残像として残ったのである。ほっと安心しながら、あちらがパッションフラワーで、こちらが時計草と理解すればよいかなどと考えた。(写真は撮影・篠山紀信、モデル・アンジェラ浅丘 澁澤龍彦責任編集『血と薔薇』第3号 より)
……月刊紙『花粉期』掲載(2000年8月改稿):2010年7/4ブログ再録
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のパッションフラワー(時計草=Passiflora caerulea)。小川匡夫氏(全日写連)2010年7月撮影.⦆