家を壊す




 先週からわが家の斜め向かいの家の解体工事が始まり、今日眺めるとほとんど庭とともに家が消失していた。庭の白木蓮の木は、毎年確実に春の到来を告げ、千代田葛彦の句「白木蓮(はくれん)の天のきぬずれ聴こえけり」を口ずさむことになる。それもあっという間に引き抜かれてしまった。ブロック塀の下の隙間からしぶとく出てくる雑草を刈っていたところ、現場作業の逞しい男性が近ずき手伝ってくれた。訊くとトルコの人、トルコをサッカー・ワールド・カップ3位に導いたイルファン選手やドイツ代表だったエジル選手のことなど語り合って盛り上がっていると、屋根の上で働いている人から大声が聞こえた。その人も作業に戻って行った。一瞬の国際交流、愉しかった。なおこの解体された家の主は、高橋甲子男画伯の従兄弟にあたる人で、いまは千葉県内の別な場所で暮らしている。

 家を壊す〈イベント〉といえば、グレアム・グリーン(Graham Greene)の『二十一の短篇』(早川書房、選集11)所収の「破壊者(The Destructors)」を思い起こす。早速ひさしぶりに読んでみた。トマスという本名の「貧乏じいさん」が自炊して生活しているボロ家を、その留守の2日間で、トレーヴァという新参者が新リーダーとなった少年ギャング団が意味も目的もなくことごとく破壊してしまう、というそれだけの物語であるが、実に不気味で怖ろしく、かつ爽快でもある短篇小説である。