第九の季節:国家権力と藝術

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 1942年4/20ヒトラー生誕祝賀祭( celebration of Hitler's Birthday)での、フルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィル演奏のベートーヴェン交響曲第九番」。この演奏をめぐる経過について、次のブログ記事は参考になる。

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 フルトヴェングラーとナチとの葛藤を題材にした、ロナルド・ハーウッド作、行定(ゆきさだ)勲演出の舞台『テイキングサイド』の観劇記(2013年2/9記)をそのまま再公開しておきたい。






 
▼昨日2/8(金)午後は、東京天王洲アイル駅下車、シーフォードスクエア2Fの銀河劇場にて、ロナルド・ハーウィッド作、行定勲演出の『テイキングサイド(TAKING SIDES)』を観劇した。天王洲アイル駅は、東京モノレールりんかい線の乗降駅である。下車するのは、初めてであった。ぼんやり歩いていると、頭上をモノレールが威圧するように走ってきて驚かされる。ヒトラーがこんな現代都市を見たらどういう感想をもつであろうか。
 この演劇は、大戦が終わったドイツの町で、ナチスへの協力を追及する「非ナチ化審査」の審問にかけられる偉大なマエストロ、フルトヴェングラー平幹二朗)と、芸術家なんぞも一人の生活者として観察すれば「ただのクソ野郎」だと確信する、面接官であるスティーヴ・アーノルド米軍少佐(筧利夫)との、権力と藝術をめぐる対決のドラマである。2幕構成で、場所は同じ少佐審問の部屋。狂言回し役として、ベルリン・フィルの第二ヴァイオリニスト、ヘルムート・ローデ(小林隆)が登場、元ナチ党員だったことをアーノルド少佐に暴露され、その罪を不問にするという取引に応じて、フルトヴェングラーの私生活と、カラヤンへの嫉妬について調べることを示唆する。平凡で弱さをもつこの男の存在があって、マエストロと少佐との息詰まる攻防がいっそう奥行きをもつ。
 56歳のフルトヴェングラーは、34歳のカラヤンに激しい嫉妬心をもっていて、それを見抜いたゲッペルスから「カラヤンにやらせようか」と言われて、慌ててヒトラー誕生祝いの演奏を引き受けたのだと、少佐が突く。またフルトヴェングラーの乱れた女性関係を指摘し、ほかの音楽家たちのように国外脱出しなかったのは、ナチ政権下での生活に満足しきっていたからだとなじる。アーノルド少佐は、ユダヤ人収容所の悲惨さをみずからの目で目撃していたのだ。フルトヴェングラーを尊敬する書記のエンミ・シュトラウベ(福田沙紀)の父のように、殺される結果になろうともナチスに抵抗すべきではなかったかと、アーノルド少佐はフルトヴェングラーを糾弾する。(部屋の蓄音機からブルックナーの曲が聞こえ)ヒトラー自殺の報とともに、ラジオでフルトヴェングラー指揮のブルックナー作曲『交響曲第7番』の「第2楽章・アダージョ」が流されたのは、総統への葬送の曲としてであって、フルトヴェングラーの音楽がナチスにおいてどういう位置づけをもっていたかを証しているのだと、少佐は追及を緩めない。すぐにレコードは止められるが、聴きたくなってしまった。※福田沙紀は、『メイド刑事』以来注目、『平清盛』をステップに成長している。

 フルトヴェングラーは、ただこのドイツの地に留まって、藝術を守りたかったのだと述べる。実在したドイツの名優とされるグスタフ・グリュントゲンスをモデルにした、原作:クラウス・マン、監督:イシュトヴァーン・サボーの映画『メフィスト』も、ナチ政権下での藝術家の権力との葛藤を追求している。1982(昭和57)年4月に新宿のシネマスクエアとうきゅうで観ている。そのパンフレット解説には、
……映画「メフィスト」は主人公ヘフゲンの芸術家によるナチ体制下での妥協と、どのような体制下であっても、自国で芸術を志向しようという、アンビバレントな生き方を、ひよわで、虚栄心に満ちた人間として、演技者クラウス・マリア・ブランダウアーを得て、普遍的な人間の二面性というテーマを現代に甦らせた。……(p.35)
 フルトヴェングラーは、多くのユダヤ演奏家の国外脱出に尽力していた。そのことを、ピアニストの夫をいっとき助けてもらった女性タマーラ・ザックス(小島聖)が証言する。アーノルド少佐の部下、デイビット・ウイルズ(鈴木亮平)は、フルトヴェングラーの音楽の偉大さを語り、このマエストロへのとうぜんの敬意を少佐に要求する。この二人はいわば、弁護人と弁護側証人であろう。観客にどちらの側を選ぶのか迫っている舞台であるといえるだろう。むろんフルトヴェングラーの立場を支持したい。


 なおフルトヴェングラーがその才能を嫉妬したとされるヘルベルト・フォン・カラヤン指揮の、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ブルックナー作曲『交響曲第7番』の演奏を、1973(昭和48)年10/26NHKホール落成記念演奏会で聴いたことがある。しかしカラヤン指揮・ベルリンフィル演奏で印象に残っているのは、1979(昭和54)年10/22、普門館ホールでの、ハイドン作曲・オラトリオ『天地創造』である。要するに音楽については鑑賞能力が欠落しているので、一期一会の感動で終わってしまうのである。