女優松本典子追悼


 松本典子さんの舞台を観たのは2回のみ。しかし、清水邦夫作、蜷川幸雄演出の『タンゴ・冬の終わりに』(1984年4/14、PARCO西武劇場にて)の主人公の引退した俳優清村盛(平幹二朗)の妻ぎん役での演技は、印象に残っている。「子どもじみた夫婦の交信らしい」と作品に説明されている、軽く手をあげて互いに瞶(みつ)めあいつつホ…と声を掛け合うところは、とくに鮮明である。妻を姉と思いこむほど狂気の世界に閉じ籠ってしまい、ぎんにも去られた盛は、彼の生地である日本海沿いの町の古びた映画館のなかでついに倒れてしまう。
 ある日、ある時……
 北国シネマ館内。旅装のぎん、現われる……
 ぎん、盛が倒れたあたりを見つめて……
ぎん:ホ…… (清水邦夫『タンゴ・冬の終わりに』講談社所収同作pp.243~244)
 もう一つの舞台は、清水邦夫作・演出の『冬の馬』(1992年12月、両国シアターX=カイにて)。こちらの記憶は口惜しくも薄い。清水邦夫作の『楽屋』については、金盾進演出で、新宿梁山泊の4人の女優が出演した(1997年4月、下北沢スズナリにて)のを観劇していて、松本典子さん出演の舞台は観ていない。
 名舞台女優の逝去を悼みたい。

(『タンゴ・冬の終わりに』公演パンフレットから)




⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のユキヤナギ(雪柳)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆