シェイクスピア『薔薇戦争七部作』観劇

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 昨日4/19(金)は、彩の国さいたま芸術劇場大ホールにて、蜷川幸雄演出、シェイクスピア作『ヘンリー四世』(松岡和子翻訳)を観劇した。ヘンリー四世=木場勝己、ジョン・フォルスタッフ=吉田鋼太郎、ハル王子(後のヘンリー五世)=松坂桃李、ヘンリー・パーシー=星智也、居酒屋の女将=立石涼子、ランカスター公ジョン=矢野聖人、高等法院長=辻萬長といったキャスティング。ハル王子役松坂桃李の出演のためだろう、見回したところ観客の9割以上は世代をまたがった女性であった。藝術監督の蜷川幸雄さんにそのすべての責任はないにしても、文化現象としてはいかがなものか。
 この作品「HenryⅣ」は、2部構成で、Part1とPart2から成り立っている。Part1では、ハル王子がフォルスタッフらとともに居酒屋で放蕩三昧の生活を送っている。そしてヘンリー四世に不満をもつノーサンバランド伯爵、ウスター伯爵兄弟を中心に反乱が勃発、ハル王子は王から鎮圧軍の指揮を命じられる。ハル王子はノーサンバランド伯爵の息子ヘンリー・パーシーと戦場で相見え、一騎打ちの末ホットスパー(熱い拍車)と異名をとるパーシーを倒した。このパーシーは、まるで理想化された日本の「サムライ」のようだ。夫人には謀反の企みは秘匿しながら抱擁して、勇躍戦いの場に赴く男なのである。同じ蜷川幸雄演出の『トロイラスとクレシダ』のアキレウス役では、その巨根(推定)をひまわりの花で隠し全裸で登場もした星智也が、今回は激情タイプでも凛々しく正々堂々と戦う「サムライ」の役であった。意外と声の質がよいことに気づかされた。
 Part2では、反乱はいちおう鎮圧され、王ヘンリーは病に倒れ死の床につくことになる。前王リチャード二世(RichardⅡ)を死に追いやった過去への贖罪の意識からみずからの聖地エルサレム遠征を望んでいながら果たせず、城の「エルサレムの間」で最期を迎える皮肉な結末。王子ハルに王冠を戴くことの孤独と覚悟を諭し息果てる。この場面の父と子の和解と別れは美しく感動的であった。名君ヘンリー五世(HenryⅤ)の誕生である。まるで時代劇の徳川吉宗将軍ではないか。
 むろんこの演劇のもう一つの主役はフォルスタッフである。飲んだくれで巨漢、大嘘つきで欲望の固まり、ところが勇気はまるでなし、俗の極みで悪の権化。しかしこの男の存在が、哄笑を招き、世界を活性化する。パンフレット紙上の松岡和子さんとの対談で、河合祥一郎東京大学教授(シェイクスピア学)も語っている。
……シェイクスピアの猥雑なるエネルギーの爆発に、蜷川さんもずっと惹かれていらっしゃるのだと思います。フォルスタッフはその権化のような人物。今、「悟り」の時代かもしれないけれど、本来、人間はもっと強烈に生きるべきじゃないのか、と。シェイクスピアも小さくまとまるのではなく、自分でもどうにもならないものに振り回されながら生きていくのが人間本来の姿ではないか、と言っているようです。……
 もっとも〈民衆〉の悪のエネルギーなんぞを称揚するのは、社会的にすでに安泰のポジションを獲得した立場の人間ばかりではあるだろう。ハル王子はヘンリー五世となって、かつての放蕩仲間フォルスタッフをとうぜんのごとく追放処分とするのである。
 舞台の設定について瞠目したのは、奥の壁がないことであった。「三方を囲む壁はありません。俳優の演技が際立つような空間が作れたら、と思いました」と、蜷川さんもパンフレットで述べている。問題を抱えて人物たちが観客側に現われ、何らかの決意をもって奥の闇に立ち去っていく、その繰り返しであった。演劇の面白さがここにあったといえる。




 さてこの『ヘンリー四世』Part1&2は、シェイクスピア歴史劇の『薔薇戦争七部作』中のNO.2&3にあたる作品で、その前に『RichardⅡ』があり、その後に『HenryⅤ』『HenryⅥ:House of Lancaster』『HenryⅥ:House of York』『RichardⅢ』と続くのである。こちらは、1988年4月東京グローブ座で、「English Shakespeare Company」来日公演で、『HenryⅥ:House of Lancaster』『HenryⅥ:House of York』『RichardⅢ』の三つを一日の通し公演で観劇している。さらに2002年9月にBunkamuraシアターコクーンで、ベルリナー・アンサンブル(BERLINER ENSEMBLE)公演、クラウス・パイマン(Claus Peymann)演出の『RichardⅡ』を観ている。したがって、ようやく『薔薇戦争七部作』を『HenryⅤ』を除いて、6作観劇したことになるわけである。そのことにある感慨を抱いたことであった。

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の上アザレア(西洋ツツジ)、下白花花蘇芳。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆