(第6刷:直筆署名入)
伊藤信吉の『詩のふるさと』(新潮社)によれば、みずからの思いが「黄昏色に染まりはじめた」老年期にこそ、20歳台の室生犀星の抒情詩がその思いを揺するのだと著者は述べている。幼年のころおそろしい吹雪の夜を過ごしているはずの犀星は、しかし小説や詩に雪のおそろしさを直接表現したものはないそうだ。「きびしさというべきものは、雪や凍みの描写においてよりも、その抒情の質にこもっている」として、「雪くる前」という作品を紹介している。
ひとすぢに遭ひたさの迫りて
酢のごとく烈しきもの
胸ふかく走りすぐるときなり。
雪くると呼ばはるるこゑす
はやも白くはなりし屋根の上。
この「酢のごとく烈しきもの」というするどい比喩には、「雪国にそだった詩人の感覚的な特質」があるのだということである。