詩人清水哲男さんの『増殖する俳句歳時記』は愛読していた

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 詩人清水哲男さんの『増殖する俳句歳時記』(1996年7/1〜2016年8/8)は、終了まで愛読していた。弟の清水旭詩集は読んでいるが、哲男氏の詩作品は読んでいない。哲男氏からもっぱら俳句の鑑賞の仕方をWEBで学んだ次第。感謝、そして合掌。『増殖する俳句歳時記』から犀星の2句。

 

うすぐもり都のすみれ咲きにけり

                           室生犀星
見事ッ。そんな声をかけたくなるほどに美しい句だ。前書に「澄江堂に」とあるから、芥川龍之介に宛てたものである。田端付近の庭園か土手で、咲きはじめの菫をみつけたのだろう。いつもの年よりよほど早咲きなので、早速龍之介に一筆書いて知らせたというわけだ。意外に早い菫の開花に、作者はもちろん興奮を覚えているのだが、そこはそれ抒情詩の達人犀星だけあって、巧みにおのれの興奮ぶりを隠している。彼の俳句は余技ではあるけれど、興奮をそのまま伝えるのが野暮なことは百も承知している。実景ではあろうが「うすぐもり」と出たのは、そのためである。これで作者は粋になった。つづいて「都のすみれ」で、花自体をも粋に演出している。ちっぽけな花をクローズアップしてみせるという粋。さりげないようでいて、この句ではそうした作者の工夫が絶妙な隠し味になっている。受け取った芥川は、すぐに隠し味がわかっただろう。にやり、としたかもしれない。独自の抒情を張って生きるのは、なかなか大変なのである。(清水哲男

 

今宵しかない酒あはれ冴え返る

                           室生犀星
の季語「冴返る」は、暖かくなりはじめた時期に、また寒さが戻ってくる現象を言う。万象が冴え返る感じがする。句は、酒飲みに共通する「あはれ」だ。この酒を飲んでしまうと、家内にはもう一滴もなくなる。つい、買い置きをするのを忘れてしまった。まことに心細い気持ちで、飲みはじめる。急に冷え込んできた夜だけに、心細さもひとしお。その気持ちが「あはれ」なのである。手前勝手といえばそれまでだが、この無邪気な意地汚さから、酒飲みはついに離れられない。ちなみに、犀星の愛した酒は金沢の「福正宗」だった。作者の晩酌の様子については、娘・朝子の文章がある。「犀星は家族とは別に、小さい朱塗りのお膳の前に正座して、盃をかたむけていた。私達はそばの四角いちゃぶ台にそれぞれが座る。母はこまめで料理が上手な人であったから、犀星のお膳には酒の肴の小皿がいくつも並び、赤い袴には備前焼の徳利があった。犀星はあまり喋らずに、毎夜きまって二本の徳利をあけていた。そして夕食にはご飯はいっさい食べなかった」(『父 犀星の俳景』1992)。この晩酌が終わるころになると、きまって近所に住む詩人の竹村俊郎が誘いに来て、二人はいそいそと飲みに出かけたものだという。(清水哲男

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⦅わが所蔵の『室生犀星句集・魚眠洞全句』(北国出版社 1977年初版)⦆