9/25(木)新国立劇場中劇場にて、国立劇場主催の歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』二段目・九段目を観てきた。新国立劇場なので仮設の芝居小屋設営。いちおうとちりの花道右下の席で観劇、それでも左耳難聴のため、せっかくの(筋書収集家・歌舞伎研究家の)栢莚さん高評価の、(当日の)中村鴈治郎の台詞回しも十分味わえなっかったのは残念。何せ二段目は滅多に上演されず、こちらは九段目と併せて初めて観る舞台、(どれも初役の)役者陣の器量・適性など批評できる立場ではなかった。
二段目「桃井館力弥使者の場」&「松切りの場」は、桃井家家老・加古川本蔵(中村梅玉:高砂屋)の立派さ、その妻戸無瀬(中村扇雀:成駒屋)のお茶目なところ、大星力弥(中村虎之助:成駒屋)の初々しさ、力弥の許嫁で本蔵の娘小浪(中村玉太郎:加賀屋)の可憐さが魅力的に見えたのみ。敵役高師直は、足利直義出迎えの饗応役塩谷判官、桃井若狭之助(中村鴈治郎:成駒屋)をさんざんに侮辱していた。高師直を翌日切り捨てるべく愛刀を用意する若狭之助、家老の本蔵はその行為を表面では認め、その刀で庭の松の木をすっぱりと切り落とし、師直討伐を勧めた。ところが若狭之助がいなくなると、本蔵は小判の包みを持って馬を走らせ高師直に賄賂を贈ったのであった。この結果翌日、師直は態度を一変若狭之助に平身低頭謝罪した。これで一件落着とはならず、師直は塩谷判官を殿中でさんざんに辱めた。判官の妻顔世に懸想してその恋が叶わなかったからであった。激昂した塩谷判官は師直に斬りかかり、本蔵がこれを留めた。この科(とが)により、塩谷家は所領没収、判官は切腹を命じられた。血の気多く激情タイプですぐ行動に走る若狭之助役としては、中村鴈治郎は太り過ぎ、体重を減らさないと適さない、というのが栢莚さんの辛口の批評、なるほどそうかも。
九段目「山科閑居の場」塩谷家の所領没収で、浪人の身となった家老大星由良之助(中村鴈治郎)は、京の山科の侘び住居で、主君の仇討ちの志を隠し、祇園で遊興三昧の暮らしをしていた。雪の降り積もった夜明け、由良之助は祇園の一力茶屋から亭主、太鼓持、仲居らに送られて帰宅。茶屋の衆が帰ってから力弥と二人になった由良之助は、転がしてきた雪玉を裏庭に入れておけと力弥に命じて奥へ入った。
本蔵妻の戸無瀬が小浪を連れて閑居に訪ねて来た。由良之助妻お石(市川門之助:瀧乃屋)が出迎えると、「力弥と小浪の祝言をあげたい」との申し出。しかし、お石は、もはや浪人の身となった大星家と加古川家では釣り合いがとれないからと破談を申し入れ、さらに師直に賄賂を送るようなへつらい武士の娘を嫁にはとれないとし、奥へ入ってしまった。先妻の子であった小浪のために心を尽くさなかったとは言われたくない戸無瀬は死んで詫びようとし、また力弥に嫌われては生きていけないと小浪は手を合わせて首を差し出す。外には一人の虚無僧が近づいて尺八で「鶴の巣籠もり」の曲を吹く。戸無瀬が小浪の首に一太刀入れようとすると、奥から「御無用」の声。
奥から裲襠(うちかけ)姿のお石が現われ、力弥と小浪の祝言を許そうと言う。しかしその条件として引き出物として、本蔵の首を差し出せと。塩谷判官が本蔵によって抱き留められて師直を討ち損じた無念を思えばこそであった。外にいた虚無僧が正体を現わし「加古川本蔵が首、進上申す」と中に入って来た。本蔵は遊興に明け暮れる由良助を嘲笑し三方(❉ 神仏への供え物の台)を壊したので、お石は槍で立ちかかるが組み敷かれる。飛び出した力弥がその槍で本蔵を突き刺す。本蔵はわざと刺されるように仕向けたのだ。
登場した由良之助に判官を抱き留めて切腹を防ごうとした意図を説明し、小浪を力弥に添い遂げさせて欲しいと最期の望み。奥の襖を開けると、雪玉で作った二基の五輪塔、大星由良之助・力弥の仇討決行の覚悟を明かしたのであった。
矢内賢二明治大学教授の筋書掲載解説『「梅と桜」から雪の山科へ』には、
門口には「鶴の巣籠り」を奏する虚無僧の姿。戸無瀬が刀を振り上げた瞬間、奥の一間から凛とした「御無用」の声がかかる。戸無瀬はハッと気勢を削がれ、尺八の音がピタリと止まる。戸無瀬の燃え立つような緋色の着付、小浪の透き通るような白無垢。人々の感情が交錯する激しさと、真っ白な雪に包まれた空間の静謐さ。「ともにひっそりと静まりしが」の浄瑠璃まで、時間そのものが凍りついたようなこの数分間は、歌舞伎の中でも屈指の名場面だろう。