オセロゲームとオセロー


 このオセロゲームの命名の由来は、「オセロ公式サイト」で説明されている。
……オセロという名前は、長谷川氏の父親で英文学者だった長谷川四郎氏の発案で、シェイクスピアの戯曲「オセロ」がその由来です。黒人の将軍・オセロと白人の妻・デスデモーナを中心に敵味方がめまぐるしく寝返るというストーリーに、黒白の石がひっくり返りながら形勢が次々変わっていくゲーム性をなぞらえたのでした。緑の盤面は、戯曲「オセロ」の戦いの舞台、イギリスの緑の平原をイメージしてつくられたと言われます。……
 http://othello-official.jp/history/(「オセロ誕生の秘密:オセロ公式サイト」)



 シェイクスピアの『オセロー(Othello)』の舞台では、ロイヤル・ナショナル・シアターの1988年来日公演が印象的であった。演出は、サム・メンデス(Sam Mendes)、東京銀座セゾン劇場にて。

 同公演パンフレットには、シャイクスピア学者だった故高橋康也氏のエッセイ「男であることの悲劇」が掲載されている。
……オセローに見られる女性への不信(はっきりいえば女性の性的活力への恐怖)は、じつは彼だけのものではない。ブラバンショーの娘への悪罵(※「気をつけるがいいぞ、ムーア、父をだました娘のことだ、同じめに会うぞ、おまえもな」)はすでに見た。イアーゴーは妻エミリアがオセローと寝たことがあると根拠もなく疑っているし、他方ロダリーゴーに対しては「貞淑なデスデモーナもじきに落ちる」と約束する。キャシオーは彼を愛しているビアンカを娼婦として扱っている。……(pp.18~19)
……ここで父権制・男性中心主義というイデオロギーの壁に突き当たるのに、「フェミニスト」である必要はないだろう。女の性の御しがたい魅力をなんとか封じ込めなければ、男の主権・主体・制度が危なくなる。女は聖女か娼婦のいずれかでなくてはならない。そういう脅迫観念に取りつかれた男たちの手で、勘当・狂気・殺害といった憂き目を見させられる女こそ、最大の被害者である。デスデモーナもエミリアも、不条理な状況のなかで夫とのいい関係を模索して、滅んでいった。……(p.19)
 http://www.geocities.jp/todok_tosen/shake/oth.html(「『オセロー』Othello 」)