ナルキッススの父は河の神


『オウィデイウス・転身物語』(田中秀央・前田敬作訳:人文書院)巻3-5「美少年ナルキッススとエコ」冒頭に、美少年ナルキッスス生誕の由来が語られている。
……ティレシアスは、アオニアの町で非常に評判がたかまり、相談をもちかけてくる人びとに正しい解答を与えていた。かれの予言が真実で確実なことを最初に証拠だてたのは、紺碧の髪をしたリリオペであった。かつてケピススの河神は、うねうねとまがりくねったその流れにリリオペをさそいこみ、波のなかにとじこめると、手ごめにしてしまった。妖精のなかでもとりわけ美人であったかの女のみごもった腹は、やがてひとりの男児をうんだ。かれは、ナルキッススと名づけられ、すでに幼いころから多くの妖精たちに愛された。この子がはたして長寿を全うすることができるかどうかとリリオペにたずねられて、運命をうらなう予言者は、「もしおのれの姿を知らねば、長生きするであろう」と答えた。ティレシアス老人のこの予言は、ながいあいだ根も葉もないことのように思われていたが、実際に起った事件の顛末によって、また、ナルキッススの最期とその妄想の特異さとによって真実であることが裏書きされたのであった。……(p.97)
 水のニンフ(妖精)リリオペギリシア神話では、レイリオペー)と、河の神ケピスス(ギリシア神話では、ケーピーソス)との間に生まれたのが、美少年ナルキッスス(ナルキッソス)で、このリリオペにちなんだ名をもつ花が、リリオペヤブラン(薮蘭)である。ナルキッススの父である河の神には、恵みをもたらす反面の、自己愛的暴力性が秘められているのだろうか。
 http://www.teych.com/9ghana-20.html(「ヤブランリリオペ」)

⦅写真は、東京台東区下町民家の薮蘭(ヤブランリリオペ)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。コンパクトデジカメ使用。⦆