刺青(いれずみ)について


 谷崎潤一郎の「刺青(しせい)」は、明治43(1910)年発表の作品。中公『谷崎潤一郎全集・第一巻』所収、10頁ほどの短篇である。清吉という刺青師(ほりものし)が、「彼の気分に適った味はひと調子」の女と出会って「己れの魂を刷り込む」年来の宿願を抱えて4年経ち、終に深川の料理屋の前で女を発見する。ただし女は、駕籠の簾のかげからこぼれた「貴き肉の寶玉」と映った素足で判断されただけであった。翌年の春、彼の住居に馴染みの辰巳藝者の使いとしてその女が訪れた。清吉は、処刑される直前の犠牲(いけにえ)の男を眺める、暴君紂王の寵妃末喜(ばっき)を描いた絵と、足下に累々と斃(たふ)れている男たちの屍骸(むくろ)を、桜の幹に身を倚せて見つめて居る若い女を中央に描いた「肥料」と題する絵の二つをこの娘に見せた。娘は、「其の繪の女のような性分を持って居ますのさ」と白状する。清吉は、オランダ医師から入手した麻酔剤を使って娘を眠らせ、その体に刺青を彫るのである。夜になっても出来上がらなかった。
……一點の色を注ぎ込むのも、彼に取っては容易な業(わざ)でなかった。さす針、ぬく針の度毎に深い吐息をついて、自分の心が刺されるやうに感じた。針の痕は次第々々に巨大な女郎蜘蛛の形象(かたち)を具(そな)へ始めて、再び夜がしらしらと白み初(そ)めた時分には、この不思議な魔性の動物は、八本の肢(あし)を伸ばしつゝ、背一面に蟠(わだかま)った。
春の夜は、上り下りの河船の櫓聲に明け放れて、潮風を孕んで下る白帆の頂から薄らぎ初める霞の中に、中洲、箱崎霊岸島の家々の甍(いらか)がきらめく頃、清吉は漸く繪筆を擱(お)いて、娘の背に刷り込まれた蜘蛛のかたちを眺めて居た。その刺青こそは彼が生命のすべてであった。その仕事をなし終へた後の彼の心は空虚(うつろ)であった。……(『谷崎潤一郎全集・第一巻』所収「刺青(しせい)」p.70)
 すでに娘の〈肥料〉となってしまった清吉は、娘が帰る前にその作品を鑑賞する。
……「歸る前にもう一遍、その刺青を見せてくれ」
清吉はかう云った。
女は黙って頷いて肌を脱いだ。折から朝日が刺青の面(おもて)にさして、女の背(せなか)は燦爛(さんらん)とした。……(同書p.72)
 http://kgur.kwansei.ac.jp/dspace/bitstream/10236/9762/1/553-04.pdf(『関西学院大学藤原智子「刺青」論』)
 http://www.youtube.com/watch?v=Ic9WAJCwd_U&list=PL8F1683F46AA85D18
 映画でも、刺青を素材にした作品は少なからず存在するのではないか。それほど映画ファンでもないにしても、いくつかの映像の記憶は思い起こされる。



 『雪華葬刺し』監督:高林陽一、キャスティング:若山富三郎・宇都宮雅代・滝田裕介・京本政樹など、いまにして注目すべきものだ。

 『Scarlet Diva』監督・主演:アーシア・アルジェント(Asia Argento)主演わが贔屓の女優アーシア・アルジェントの下腹の天使のTatooには驚かされた。


 『Red Cherry』監督:イエ・イン、第2次世界大戦中ロシアを支配したナチスの将軍ディートリッヒの悪魔的な耽美趣味によって、背中に刺青を彫られてしまった少女チュチュのその後の悲劇の一生を描いている。映画として優れている。

 『いれずみの男』監督:ジャック・スマイト、主演:ロッド・スタイガー&クレア・ブルーム。

 高倉健&池辺良&藤純子。浅草と池袋の映画館でほとんど観ている。

 鶴屋南北作『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』脚本・演出:石沢秀二、キャスティング:若山富三郎木の実ナナ西田敏行ほか。小万の腕の「五大力」の彫り物に、主人公の源五兵衛(実は不破数右衛門)はその愛を信じてしまう。
【追加】
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20100725/1280028822
 (「押井守監督『真・女立喰師列伝:第1話・金魚姫—鼈甲飴の有理』—ひし美ゆり子と金魚の刺青」)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のハイビスカス。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆