昆虫採集家ル・ムールト


 昨年急逝した、博覧強記にして辛辣・辛口の書評家・編集者「編集素浪人・ディオゲネス」こと二宮隆洋氏も「情意兼備の評伝であって、余人には書きえない傑作」(「アマゾン・レビュー」)と絶賛した、奥本大三郎氏の絶版書『捕虫網の円光』(中公文庫版)の新品古書をネット古書店で入手。さっそく読み始めた。奥本氏所蔵の標本コレクションのごく一部の写真も載っていて、ビジュアル的にも愉しい書物である。
 1882年の大晦日の日にブルターニュで誕生し、昆虫標本商となったウージェーヌ・ル・ムールトについての評伝。ヘラトラフヒトリという美しい蛾の採集に夢中になった、ル・ムールト少年がついに蝶に出会う件は感動的である。「図鑑を毎日眺め暮らしている子供ならば、憧れの蝶が野外を本当に飛んでいるところに出会ったとき、頭がくらくらするであろう。それが見たこともない美麗種であるならば、驚きは如何ばかりであろうか」と書いてから、ル・ムールト少年の蝶との出会いを記述している。1889年の春、自宅近くの教会の柱に、一頭のオオイチモンジを発見したのだ。少年は、捕虫網を用意していない。そこで被っていたベレー帽で捕獲した。中に閉じ込めたままでベレー帽を被り、走って帰宅した。
……母親が何事かと部屋に迫ってきたのを鋭い声で、「戸を閉めて!」と制してから帽子を脱ぐ。これで大丈夫。見事に蝶は僕のものだ。ガラス窓でバタバタしているのを指でつかまえて、蝶の鼓動を指に感じながら、ウージェーヌ・ル・ムールトは彼の人生の最大の幸福の瞬間を味わった。……(「同書p.67」)
 http://www.geocities.jp/farfalla65jp/japan/tatehachouka/ooichimonji.html
(「オオイチモンジ」)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の、上ボケ(木瓜)、下モクレン木蓮)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆