現代詩「初夏に」橋口守人

初夏に   橋口守人


季節よ 教えてくれ
おれの棲家が何處にあるかを
こころに沿って流れる小川に
銀鱗を翻して 若い魚群が
はしゃぎまわっていた日
草叢に寝転んで
雲が流れ 水面が輝くのに見入った
少年時代
とどかぬ山脈が 茜色に染まる頃
時はあまりにも遠く
旅人の夢は 青々しい茂みに
貫いてくる陽差に似ていた


甘い果実をもぎとる しなやかな指
憧れは空しく 豊かに 翳を追い
死は子守唄のように眠り
原色の街さえ 夜の沈黙を守っていた
季節よ
滅びる街に 愛を蘇らすことが出来るだろうか
街路樹に蝶が舞い
葬列に居合わせる黒衣の女達は
扇子を翳しながら 鏡を懐に匿していた
私達の棲む世界は 快楽の果てるところ
羽搏くのを止める一羽の鳥なのか
眠ることを恐れる一頭の獣なのか
季節よ
かくも惜しげもなく生命をまき散らし
実りの約束をさずける風に
永遠を憎む素振りをするのは
自らを蝕む肉体なのか


空も大地もおれの影を呪い
星の微光さえもとどかぬこころに
車が軋り 蛙の鳴声が響くのは
何時まで続く掟なのか
答えてくれ 季節よ
おれの棲家が 何處にあるかを
            『薔薇』第3号(薔薇書房発行 1980年1月)より