『住んでみたヨーロッパ・9勝1敗で日本の勝ち』を読む

 ドイツ・シュトゥットガルト在住の評論家川口マーン恵美さんの近刊『住んでみたヨーロッパ・9勝1敗で日本の勝ち』(講談社+α新書)は、いかにも売るための題名の本であるが、面白く読めた。ドイツを中心としたヨーロッパ諸国と日本との比較文化論というより、住みやすさをキーワードとして環境および社会構造上の条件などを比較している。「和を以て貴しと為し…」の聖徳太子の「十七条憲法」は、「いまも私たちの心のなかに生きている」などの通俗的日本思想史・文化史理解ほか、紹介される統計的数値の出典が明記されてなかったり、説得力は十分とはいえないが、読み物としては悪くない。生活者としての視点で論じられているので、納得させられるところが多いのである。
 興味深く読めたところを拾ってみると、以下か。
◯そして、彼の地でシー・シェパードの「海賊」たちが妨害行為を働いたおりには、本物の海賊、バイキングの末裔たる漁師たちが、彼らを、いわゆるボコボコにした。日本の大手新聞社の記者の話だ。偽の「海賊」は、二度と戻ってこなかったという。/バイキングも、海の狩猟民族なのである。(pp.69~70)
◯(※当初の開港予定が、2007年のベルリン空港建設をめぐって)ところが、この空港ができあがらない。開港は何度も延期され、最後の開港予定日は二〇一二年の六月三日だった。それが、予定日まで四週間もない五月八日になって、突然、延期と発表された。/開港延期は初めてではないとはいえ、このときは、とりわけひどかった。最高の茶番は、延期発表の直前まで、「すべて順調」といわんばかりのニュースが華々しく流れていたことだ。/(略)/しかし、後でわかったところによると、この時点で管轄機関による竣工検査の予定さえ立っていなかったというからビックリ。当局の発表に信憑性が欠けるという点では、ドイツも北朝鮮に負けない。いずれにしても、プロジェクトの中枢のところに、超絶無責任者がいたとしか思えない。(pp.75~76)
◯(※2012年12月ケルン市の地下鉄の一部が開通して)なんと、それ以来一〇分ごとに、大聖堂が微かに振動するらしい。/その路線はケルンの大聖堂の宝物貯蔵室から数メートルのところを通っており、それも一〇分おきに走っているというので、地下鉄が原因であることは疑う余地がない。静かにお祈りをしていると、かすかにお尻が震える程度だというが、それでも放っては置けない。(p.82)
◯(※馬肉の加工品が牛肉入りの食品として流通・販売される事件が起きているとのことで)食肉や野菜の複雑な流通が犯罪の温床となっていることは、以前から常に問題となっている。特に、EUが単一市場になって以来、水際検査ができなくなったので、ドイツ国内だけでは、実際問題として、何一つ規制できない状態だ。(p.91)
◯近年は宗教に社会的な意味がなくなってしまったし、教会税を払うのもバカバカしいと、教会に属さない人がとても多い。すると、当然のことながら、教会で結婚式は挙げてもらえなくなる。/(略)/ドイツでは昨今、信仰心はひどく弱まり、私の周りでは日曜にミサに行く人など誰もいないが、それでも若い女性のなかには、結婚式だけは教会でロマンティックに挙げたいので、そのために教会とは縁を切らない人がかなりいる。そういう意味では、ドイツ人も、少しずつ日本人的になったきた。(p.102)
◯そもそも、バッハやモーツァルトが生きていたのは十八世紀、シューマンブラームスは十九世紀のこと。しかも音楽は、一般民衆とは無縁なものであった。今も同じで、普通のドイツ人は、クラシック音楽などにはさほど興味を示さない。(pp.157~158)
◯ドイツ人はリベラルな人が多いので、総論としては、難民をもっと受け入れろという意見が強い。しかし、いざ、難民の住宅が自分の住んでいる町に計画されると大反対になることが多い。(p.184)
◯熟練労働者がドイツで不足している原因の一つは、ある程度優秀な人は、「労働者」ではなく「技術者」になりたがるからだ。一方、熟練労働者となるべきドイツの若者たちは、質が悪くて使いものにならないことが多い。そんなわけなので、困り果てたドイツの産業界は、外国から優秀な人材を確保しようと、鵜の目鷹の目で探している。(p.188)
◯(※医師の不足について)ドイツの医者は辺鄙なところに行きたがらないから、地方では特に不足している。何人(じん)でも、医者が来てくれればありがたい。/結果として、チェコポーランドの一部では医師が不足するという現象が起こり、ドイツでは医師がドイツ語をよく解さないという新たな問題が持ち上がっている。それでもドイツ人は、無医村になるよりはずっとましだと思っているのだろう。(p.189)
◯(※移民による社会保障の不正受給をめぐって)現場となっている自治体がどれほど困っていようが、ドイツには、外国人のことは絶対に悪くいってはいけないという、暗黙の取り決めがあるかのようだ。/実は、ドイツの生活保護費をもっとも多く悪用しているのは、移民の数がずば抜けて多いトルコ人で、トルコ人の不正受給だけで、ドイツでは年間、二億ユーロ以上の損害が出ているといわれている。(pp.197~198)
 http://gendai.ismedia.jp/category/schduagert(『川口マーン惠美シュトゥットガルト通信」』)

 著者在住のシュトゥットガルトというと、個人的には知るところ少ないが、ただモーリス・ベジャールほか振付のシュトゥットガルトシュツットガルト)バレエ団公演を思い起こす。

ガルボの幻想・春の祭典ほか』1984年4月東京文化会館にて。シュツットガルト・バレエ団公演。モーリス・ベジャール振付(『ガルボの幻想』)、グレン・テトリー振付(『春の祭典』)ほか 

『パリのよろこびほか』1987年9月簡易保険ホールにて。シュツットガルト・バレエ団公演。モーリス・ベジャール振付ほか。
⦅写真は、東京台東区下町民家の宿根イベリス(センペルヴィレンス・トキワナズナ)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。コンパクトデジカメ使用。⦆