詩のなかのアマリリス

 素人には知ること少ない古典ギリシアの哲学・文学関係文献を、訳出および考察・解説してくれる、畏敬すべきサイト『Barbaroi!」に、西脇順三郎の詩集『Ambarvalia』所収のギリシア的抒情詩集が訳出されている.そのなかに、「カリマコスの頭とVoyage Pittoresque」と題された詩がある.
    http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/ancients/nishiwaki12.html

 I

海へ海へ、タナグラの土地
しかしつかれて
宝石の盗賊のやうにひそかに
不知の地へ上陸して休んだ。

僕の煙りは立ちのぼり
マリリスの花が咲く庭にたなびいた。
土人の犬が強烈に耳をふつた。

千鳥が鳴き犬が鳴きさびしいところだ。
宝石へ水がかゝり
追憶と砂が波うつ。

ラコタの夢と知れ。

  II

宝石の角度を走る永遠の光りを追つたり
神と英雄とを求めてアイスキュロス
読み、年月の「めぐり」も忘れて
笛もパイプも吹かず長い間
なまぐさい教室で知識の樹にのぼつた。
町へ出て、町を通りぬけて、
むかし鶯の鳴いた森の中へ行く。
重い心と足とは遠くさまよつた。
葉はアマリリスの如くめざめて
指を肩にさゝやく如く、あてた。
心は虎の如く滑らかに動いた。
あゝ、秋か、カリマコスよ!
汝は蝋燭の女で、その焔と香りで
ハシバミの実と牧人の頬をふくらます。
黄金の風が汝の石をゆする時
僕を祝福せよ。

 解説によれば、カリマッコスは、ヘレニズム期最大の学者詩人.Voyage Pittoresqueとは、「絵画的な旅」。さて、問題は、アマリリスの花のことである。西脇順三郎は、「ギリシャの野に咲く花」と勘違いしていたらしい.
『アマリリス〔学名 Amaryllis belladonna)は南米原産の観賞植物。ヨーロッパにいつごろ渡ったのかわからないが、古代のギリシア人やローマ人が知っているはずがない。
 ただし、アマリリス(Amaryllis)という言葉は、ウェリギリウス『牧歌』に、牧人の娘の名前として出てくる(I-5, 30; II-14, 52; III-81,; VIII-78, 79, 102; IX-22)。ウェルギリウスの前には、テオクリトス『牧歌』に、ニンフの名前アマリュッリス(=AmarullivV)として出てくる(III-1, 6, 22; IV-36, 38)が、このニンフの詳細は不明である。この語は、ギリシア語 ajmaruvssw〔「輝く」「閃く」意〕からつくられた名前とされる。これが後世、南米産の花の名前に採用されたのであって、花が先にあったわけではない。
 しかし、アマリリスはこの詩において2回登場し、しかも時間の推移を示す重要な役割を演じている。すなわち、第 I 章においては、アマリリスの咲く夏(5/6月)。そして、アマリリスヒガンバナ科の植物であるので、花が咲き終わってから葉が出る。第 II 章は、「葉はアマリリスの如くめざめ」る時季に移る。
 しかし、ありもしないアマリリスによって時間の推移を示そうとしたために、その他の小道具も季節感を鮮明にしがたい。』

 いま園芸種としてのアマリリスを見れば、南米原産であることは容易にわかるところだ.半日陰を好むそうであるから、民家の玄関先に、その鉢が夏の予兆のように置いてあるのも頷ける.
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のアマリリス(赤・白2鉢)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆