超短篇小説「旗」




「短説」(原稿用紙2枚)あるいは大西巨人氏の「超短篇小説」(原稿用紙1枚強)など、WEB上で拝読している.分量的に中途半端であるが、こちらも試みた.(40字×22行)
      http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/21th-15.htm
      http://tansetsu.aikotoba.jp/info/invitation-j.htm 
 
 旗

 WCサッカーのテレビ中継を観ていた.緑と赤の色が基調のポルトガルの国旗が、スタンドで揺れていた.日本の試合ではない.純粋に選ばれた選手たちの技巧が楽しめる.とんでもない位置から、ミドルシュートが放たれた.ポストにあたってかろうじてノーゴール。おおやはり深夜起きていても損はなかった.スタンドの旗は大袈裟に嘆息してみせた.この家の主も、いっぱしのサッカー通を気どって、「いまのシュートが、世界レベルってことよ」。
 ハーフタイムに、テーブルに無造作におかれた夕刊紙を眺めると、「AMPO50」との活字が眼に飛び込んだ.安保改定闘争50周年の記念行事のことらしい.国会構内突入を試みたデモ隊のなかのひとりの女子大生が、機動隊の警棒で撲殺されたのが一九六〇年六月十五日だったのだ.会場で黙祷も行われたらしい.もう半世紀も経ったのか.
「僕らの学校旗もできたから、また参加しないか」と、一年先輩だったひとの電話の声を思い出した.誘われて同じ学年の仲間と一緒に、六月十七日に国会前の高校生デモに参加していたのだ.先輩は、前から熱心に参加していた。当日は、ほかの私立の高校生の隊列とともに、巨大な大学生の集団の訓練された動きに付いて行った.「河上さんが刺されたらしい」と不安と興奮の声が瞬時に伝わっていった.請願書受付にいた社会党河上丈太郎氏が襲撃されたのだ.命は無事だとわかったのは、解散して帰宅してからだったと記憶するが、たしかではない.そのときW大高校は、大学サークル並みの旗をもっていて、先輩は羨ましがっていた.ほんとうに学校の旗を作ったのだ.先輩の憤怒のなかにある喜悦の表情が眼に浮かんだ.この家の主は、高校時代に安保改定反対デモに参加したのはこの日だけであった.その先輩は学校を去り、一緒に参加した仲間は翌年落第し、二人のその後のことは知らない.
 後半戦が始まった.ポルトガルの旗が勇猛に躍っていた.日の丸国旗だと、過剰に煽られてはいけないかと、わからない抑制がはたらくが、無関係なこの国旗にはやわらかい興奮を覚える.「よしゴールに叩き込め」と、主は、ただ旗の色からこの代表チームに肩入れしたくなっていた。.

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のスカシユリ(透かし百合)。小川匡夫氏(全日写連)撮影.⦆