ワーグナー作曲『タンホイザー(Tannhäuser)』(1/31 新国立劇場 オペラパレス)観劇

 1/31(火)新国立劇場 オペラパレスにて、アレホ・ペレス指揮、ハンス=ペーター・レーマン演出、ワーグナー作曲『タンホイザー』観劇。この楽劇は、1983年5/8、NHKホールでのベルリン国立歌劇場来日公演で観て以来である。幕が上がると、愛欲の女神ヴェーヌスが支配するヴェーヌスベルクの洞窟の世界が、バレエの群舞で表現され驚いた。ベルリン国立歌劇場の舞台では、日本公演では抑制されたとはいえ過激で衝撃的であった。今回は愛欲と陶酔の人間世界が幻想的で美しく現出していた。酔わされる。しかし「大胆な歌びと」と称される騎士歌人タンホイザーにとっては、許されざる背徳の生活であった。聖母マリアの下での救いを求めて脱出するのだ。引き留めようとするヴェーヌス。ステファン・グールドのテノールは魂の迷いを、エグレ・シドラウスカイテのメゾソプラノは官能の力と必死さを表現して、この作品世界に引き込まれてしまう。
 タンホイザーは、永きの不在をテューリンゲン領主でヴァルトブルク城主のヘルマンに許されて、ヴァルトブルク城に帰還し、彼を慕うヘルマンの姪エリーザベト姫を主催者とする歌合戦に参加することになる。「愛の本質は何か」という主題について、各騎士歌人たちは魂を浄化するプラトニックな愛を歌うが、タンホイザーは抑えがきかず、官能的な性愛こそ真の愛とし、ついにはヴェーヌスの支配するところへ行けばわかること、などと歌って、自分がヴェーヌスベルクの洞窟で暮らしていたことをみずから暴露してしまう。騎士たちはタンホイザーを処刑しようとするが、領主ヘルマンはエリーザベトのとりなしもあり、ローマに巡礼者として旅立ち恩寵祭でローマ法王教皇)の前で懺悔し罪の赦しを乞えと命じるのだった。この歌合戦の第2幕は視覚的にも愉しめる。ヘルマン役で深みのあるバスの妻屋秀和は体躯も堂々として、タイトルロールのステファン・ゴールド、エリーザベト役のソプラノのサビーナ・ツヴィラクらと向かい合ってもまったく不釣り合いのところがない。エリーザベトは、(ツヴィラクのソプラノの美しさを別にして)騎士たちが愛について歌っていると、時折観客席の方に顔を背けるが、清らかな乙女でありながらタンホイザーの勧める官能的な愉悦にも靡きかねない、危うさも漂わせ神秘的である。
 結局巡礼者タンホイザーは、法王(教皇)の赦しを得られずひとり戻って来るが、ヴェーヌスベルクの洞窟に帰ろうとすると、彼の赦しを聖母マリアに求めて身を捧げたエリーザベトの自己犠牲によって罪は赦され、その証に杖に緑が芽吹く奇跡が起こって息絶えるのであった。13世紀ドイツの宮廷文学が専門の松原文立教大学助教の、プログラム寄稿の「『ヴァルトブルクの歌合戦』とタンホイザー伝説」によれば、ワーグナーは二つの異なる伝承を合わせて物語を創作したとのこと。女神ヴェーヌスとの快楽に溺れていた騎士タンホイザーが改悛してローマ法王の赦しを求めたが叶わなかった、というハイネ経由で知った伝承。それに、ミンネ(エロス)を主題とする、フィクションとしてのヴァルトブルクの歌合戦のホフマン経由の伝承を結合させたのだ、ということである。中世の歌合戦からは、その舞台設定のみをいただいたわけである。なるほど面白い。
 一場面だけの登場であったが、タンホイザーがヘルマン支配下の領地に帰還する途中で、ひとりの牧童が歌うが、この牧童役の前川依子のソプラノには何か余韻が残り、印象的であった。

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