ロシア映画、アンドレイ・コンチャロフスキー監督『親愛なる同志たちへ』を観る

    昨日4/28(木)は、千葉市中央区中央のミニシアター千葉劇場で、ロシア映画アンドレイ・コンチャロフスキー(ANDREI  KONCHALOVSKY)監督の『親愛なる同志たちへ』を観てきた。千葉劇場を選ぶのは、東京のヒューマントラストシネマ有楽町に行くより、わが家から交通費(および所要時間)がだいぶ助かるからである。この映画は、60年前の1962年6月に起こったノヴォチェルカッスク事件を題材にした歴史劇である。このノヴォチェルカッスク事件とは、上映パンフレット掲載の池田嘉郎東京大学教授の解説によれば、

 

『親愛なる同志たちへ』は、1962年6月1日から3日にかけてソ蓮で起こった「ノヴォチェルカッスク事件」を題材にした映画である。ロシア南部のノヴォチェルカッスク市で起こった労働者のストライキは、大勢の市民が加わるデモに発展し、共産党の市委員会までもが占拠された。事態を収拾するため軍が非武装のデモ隊に発砲し、公式には26人、非公式には約100人の市民が殺害された。事件後の裁判で114人が有罪とされ、うち7人が銃殺された。事件の情報は厳重に管理され、ソ練末期まで公けに語ることは許されなかった。 


 市委員会委員のリューダ(ユリヤ・ビソッカヤ)は夫を戦争で失い、委員会の幹部ロギノフ(ウラジスラフ・コマロフ)と不倫の関係を保ちながら18歳の娘スヴェッカ(ユリヤ・ブリヤ)とコサックの血を引く父(セルゲイ・アーリッシュ)を養っている。フルシチョフ政権下で経済状況が悪化していて、労働者の賃金はどんどん下げられるのに、生活用品の物価が急上昇している。労働者・市民の不満が蓄積していた。リューダは共産党のご威光で店の奥でこっそりと食料など生活用品を受け取れる立場で、市民・労働者らの政府・共産党批判に対しては「グチを言うのではない」と厳しく「党が間違えるはずがない」との信念で生きている。そこへ電気機関車工場のストライキを発端にした労働者・市民らの大規模なデモが発生したわけである。リューダはモスクワから来た政府・党幹部らを前にした対策会議で、暴徒に対する厳しい対応を主張する。
 ところが娘のスヴェッカもこのデモに参加し、膨れ上がったデモ隊が市委員会の建物まで押しかけ、ついに有効な鎮圧のため武器所持の軍隊が鎮圧に乗り出すに至り、リューダは娘を連れ戻そうと必死になるが、軍(この映画では軍は威嚇の発砲のみで、KGB狙撃チームが見えないところから射撃しているとしている)が発砲、多くの市民・労働者が倒れた。リューダは死体安置所まで何とか探しに押しかけるもわからない。
 デモ参加者の探索に乗り出したKGBの大尉ヴィクトル(アンドレイ・グセフ)の予想外の協力で、市の郊外の村の共同墓地に埋められているとの情報を得、軍の検問をどうにか通り抜け、埋葬したという怯える村人を脅して埋葬場所まで案内させる。一人一人の墓の上を掘ってそこに埋めたと、そして靴下の穴から足の指が出ている若い女性を埋めたという場所を示され、「スヴェッカだ」とリューダは悲しみに泣き叫ぶ。帰りの車の中で、リューダとヴィクトルは「親愛なる同志たちのために」とかつてこの国の体制と共産党の指導、そして祖国の未来を信じて歌ってきた歌を絶望と不信の心を秘めて歌うのであった。ヴィクトルが検問を突破するとき、「軍にもいい人はいるんだ」と言ったセリフは含蓄がある。KGBにもヴィクトルのような温かみのある人物がいるのかも知れないと、監督は語りたかったのか。
 市の外に市民虐殺の情報が漏れないよう、「ハエ一匹通すな」と政府・共産党が命じ、広場の流れた血を隠すためにアスファルト舗装をさせ、夜間外出禁止令を出して夜間外を歩く市民を軍は容赦なく機関銃で射殺している。ウクライナ侵攻でマリウポリを攻略、「ハエ一匹通すな」と命じたプーチンを思い起こせば、ロシアはソ連時代から変わっていないのだと認識する。
 これで終わると、アンジェイ・ワイダ監督の映画のように暗澹たる気分で映画館を出ることになるところだが、作品に救いがあった。娘スヴェッカの旅券を渡されて、「何かお役に立てることがあったら連絡して」と伝えられ、ヴィクトルにKGB専用車で住居まで送ってもらって別れたリューダを屋根に隠れて待っていたのは、じつは生きていた娘のスヴェッカであった。娘を抱き寄せ、「だいじょうぶ旅券もあるのよ、ほら。役に立ってくれる人もいるの」「どうして?」「これからよくなるわよ」。そうしてエンド。絶望のなかの希望。味のある終わり方であった。感動でしばらく席を立つのがもったいなかった。

 
 なおアンドレイ・コンチャロフスキー監督の弟、ニキータ・ミハルコフ監督の作品は、チェーホフの『プラトーノフ』を元にした、『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』(1977年)を観ている。これも面白かった。

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