現代詩:滝口雅子「夕陽のなかでーある鎮魂」

夕陽のなかである鎮魂

あかあかと夕陽が映える
夕陽がもうあなたを染めることがないときに
それは何とも腑におちないこと
お互いに「さよなら」を云わず
どこかでいつか出会うだろうし
あるいはもう決して
出会わないかも知れない

あなたがいないのに
世界は存在している
雨戸ががたがたさわいだのは
遠くに出かける知らせであった
雨戸の外を通りすぎる足音が絶えたあのとき

歴史があなたを支えた 生きていたとき
いまあなたが歴史を支える
にが笑いした
働いた 泣いた
てれて笑った
千万の表情の凍結
名もなく消えた一人のひとの
山椒の実やわさびの香
パパイヤやマンゴウの甘味
熟することの放棄 中絶 その無欲

あなたを引きこんだ歴史その非情な吸引力
そしていま
ここにいないあなたがわたしを支える
夕陽がわたしを染めて包むようにして
天上の花は夜ふけにひらく
ただ一度の優しい花辨を支えるものは
素朴に太い花茎の長さ
夕陽にまじる食塩一さじ
                                                    ー『詩と詩論 薔薇』創刊号よりー

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