山王書房主の『昔日の客』は、文学の香気が漂う

 

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 山王書房主故関口良雄の『昔日の客』(名著復刊・夏葉社)に収められた随筆は、味があり、文学が輝きを放っていた時代の、文学の香気が漂っている。個人的にとりわけ面白い随筆は、「偽筆の話」。

 自宅に「凡そ300点近くも」色紙、短冊を所蔵しているある老人、苦労して収集しかなりの偽物もつかまされた経験を積んできたので、「今では月謝を払ったおかげで大抵のものは一目で、真贋を見分けることが出来るようになった」と話した。

 俳句好きの風呂屋の旦那との世間話の末に、この旦那「雪ふるといひしばかりの人しづか」の句が室生犀星の句中特別に好きだと言った。私(関口)もこの句に惹かれていたので、使い残しの短冊にその句を書いて、店の隅の短冊掛けに入れておいた。幾日かして件の老人が現われ、帰り際に店の隅の短冊に目を留め、「これはなかなか出来のいいものだ。値段によっては、わしが買ってもいい」と言い出し、「いくらなら手離すかね」と迫った。困惑して私(関口)が「実は、その短冊はお客さんからの借り物でして」と場をつくろうと、「うまいことを言って、君は売り惜しみをするのだろう」と言って、老人は不機嫌な顔をし出て行って、店に二度と姿を見せなくなったということだ。