『G-W-G』03号は、「天皇/制と文学」を特集している。W-G-WならぬG-W-Gつまり負の記号(minus)としての貨幣の物神性を誌名としているのであるから、資本主義への根源的批判を前提として、連関して存在としての天皇と制度としての天皇制を/で〈連結〉させて、そこにおける文学を論じている。個人的には、絓(すが)秀実氏の「自由と民主主義! われらコソ泥たち」が面白く、議論成立の根拠としているフロイトの「トーテムとタブー」がたとえ歴史的事実に関する分析ではないとしつつも、どうであるのかとの疑問が残るが、刺激的である。いま座談会の『浅利慶太と「天皇/制」』を読んでいるところ。ジャン・ジロドゥ研究家の間瀬幸江さんが参加していて、大いに勉強になる。劇文学軽視ないし無視の文藝批評誌など一流とは言えまい。
なぜ村上春樹を吉本御大から末端の群小自立派までが称揚するのか、彼らが20cアメリカ小説愛読していたわけあるまいし、単に転向の合理化というだけでないこと、少なくとも69年の早稲田闘争までは遡らざるを得ないこと、mixiの議論で蝕知す。しかし、その解明を私ができるのか。
— 猫飛ニャン助 (@suga94491396) April 28, 2019
『脈』101号は本日届いたばかり。村上一郎の「未発表日記」と論考「学生運動の現象学」が掲載されている。特集の勝連敏男という詩人の名は初めて知った。