三島歌舞伎についてのエピソード

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   小室直樹三島由紀夫が復活する』(毎日ワンズ)は、『豊饒の海』4部作を柱として論じているようであるが、同小説を読んでもいないし関心もない。ただ巻末に、三島歌舞伎の創造に立ち会っていた元国立劇場理事の特別寄稿「三島由紀夫と舞台の河」が掲載されているので購入。さっそく読む。「三島歌舞伎の特色は何かと申しますと、ひと言で言うと擬古典(古典を規範としている)ということになります」との前提で、エピソードが紹介されている。

椿説弓張月』の公演を前にして、三島由紀夫の歌舞伎への情熱が冷めてしまった次第を語っているところなど面白い。

 けれども三島さんは、スタッフ会議の前から、どうも熱気が冷めてしまったという感じが非常にしました。それは一つには、配役が上手くいかなかったということ、もう一つには、松本幸四郎(❉九代目)という人が、我々も知らなかったのですが、高所恐怖症であったということです。そのため、源為朝を演じる幸四郎さんが宙乗りができないというのです。( p.244 ) 

 印刷台本のない時代に、稽古の初日に作者が本を読み、役者に役について理解させる慣習があったそうである。『椿説弓張月』の当時も、まだ全員分の台本は配られていなかった。三島が本読みをしたわけである。

 ところが、スタッフ会議で朗読する三島さんの本読みが実に上手いのです。それでついつい「これを録音しませんか」と私が申し上げたのですが、まさか、コロンビアからレコードにまでなるとは思いもしませんでした。

 そのレコードは杉並公会堂で、昭和44年8月26日、27日と2日間にわたって録りました。義太夫も下座も、それから附け打ちも柝(き)も入っています。あんなふうに全ての役を独りで演じ分けて本読みをするということは稀有なことです。しかも、実に上手かった。

 これは三島さんにしかできないことだと思います。他の人はやったことはありません。例えば、短い本読みなら、北条秀司さんでも川口松太郎さんでも宇野信夫さんでもやりましたけれども、歌舞伎の一幕を完全に独りでやったのは、国立劇場では三島さんが最初にして最後でした。( pp.246~247 ) 

義太夫謡曲というものを書けなくなった似非知識人」という言い方で、三島由紀夫は、当節の作家を嘆いていたそうだが、平成から令和へと移り、「歌舞伎も知らない知識人」はごく普通とはなろうか。