『群系』第39号発刊

東京新聞」12/12

東京新聞』12/12「大波小波」欄で指摘されているような、文藝同人誌を取り巻く昨今の状況で、大いに文運隆盛を示しているのが、この批評主体の文藝同人誌『群系』(永野悟氏主宰)である。第39号が発刊された。先達であり本誌同人であった故野口存彌(のぶや)氏を追悼しその仕事(作品)を論じた特集が、「日本近代文学の展開―明治大正の文学」の特集とともに組まれている。さっそく野口存彌の読む佐藤春夫との副題をもつ、山中千春さんの『反・「愚者の死」というスタンス』を拝読。同郷の大石誠之助が大逆事件で処刑されたことを詠んだ、佐藤春夫の詩「愚者の死」をめぐって、この詩を反語表現とする文学史の定説とそれに対する批判の論点および社会学者の、『「紀州新宮」という土地の現実と、「国土」という抽象的な運命共同体とのズレという観点からの考察』などに触れながら、野口存彌さんは「反語ではありません。字面通り」ですと、ある場で山中さんに語ったことを紹介している。
 山中さんは、大正期にニーチェブームを巻き起こした生田長江訳の『ツアラトウストラ』が、佐藤春夫の精神と表現に与えた影響に注目し、たんなる反語表現ではなく、「字面通り」でもないことを論じていて説得力がある。「愚者の死」は、「み熊野ねっと分館」から拝借。佐藤春夫「愚者の死」

千九百十一年一月二十三日
大石誠之助は殺されたり。


げに嚴肅なる多數者の規約を
裏切る者は殺さるべきかな。


死を賭して遊戯を思ひ、
民俗の歷史を知らず、


日本人ならざる者
愚なる者は殺されたり。


「僞より出でし眞實なり」と
絞首臺上の一語その愚を極む。


われの郷里は紀州新宮。
渠(かれ)の郷里もわれの町。


聞く、渠の郷里にして、わが郷里なる
紀州新宮の町は恐懼せりと。


うべさかしかる商人(あきうど)の町は歎かん、
――町民は愼めよ。
教師らは國の歴史を更にまた説けよ。

……『ツアラトウストラ』は、アフォリズムや諷刺、寓意などの表現方法を駆使しながら、自身の思想の骨格を浮き彫りにしたテクストである。「愚者の死」において反語が徹底されていない要因は、それ以前から、『ツアラトウストラ』の表現を、(翻訳からではあるが)春夫なりに咀嚼していたため、大石の死への悲しみや、国家権力への憤りを反語によって詠うよりも、国家権力の脅威と、かつて春夫を疎外したはずの「郷里」や「教師等」が、その力の脅威に戦慄する矛盾に視点が向けられたためであろう。……(p.77 ) 
「愚者の死」の直後に書かれた評論「『日本人脱却論』の序論 」の主要な箇所を引用して、著者は、大石誠之助を「愚者」「日本人ならざる者」として詠うと同時に「超人」として見ているのであり、春夫自身も「日本人ならざる者」であり「愚者」の一人であるとの自覚が透けて見えるとしている。
……春夫にとっての大逆事件とは、大石との決別でも転向でもなく、むしろ、〈非国民〉という危険を自ら引き受けてゆかなければならない、一つの宿命のようなものを、無言のうちに強いた事件だったのではなかったか。……(p.83)
 なお次号では、故野口存彌氏の佐藤春夫論を分析すると予告し擱筆している。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20170512/1494578587(「下北沢のビーダーマイヤー氏?―佐藤春夫『美しき町』:2017年5/12 」)
「なぜ解釈をめぐって、真逆とも言えるような大きな差異が生じているのか」(p.69)の「真逆」については、かつての流行語も定着している感はあろうが、熟していない語を不用意に使用しなくてもよいのでは。
 相馬明文さんの「久坂葉子ふたたび」では、本文で「自死」の言葉を使い、久坂葉子の人物紹介記事(出典不明)では「自殺」と表記されていて、書き手は無頓着である。ここも気になったところ。 
 「自死」という言葉 - ことばマガジン:朝日新聞デジタル 
 「自死」と「自殺」2つの表現について|全国自死遺族総合支援センター
 「自殺」→「自死」言い換え相次ぐ 自治体、遺族感情に配慮 :日本経済新聞
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20160128/1453953410(「久坂葉子作品集『幾度目かの最期』(講談社文芸文庫)購入:2016年1/28 」)
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20160306/1457254335(「座・高円寺で『葉子』観劇:2016年3/6 」)
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20151205/1449286155(「船橋の新カフェ—川崎長太郎短篇集購入:2015年2/5 」)
Twitter
池田信夫カズオ・イシグロは名前も顔も日本人だが、中身は100%イギリス人。日本人が読んでも地味でおもしろくないと思うが、大衆作家ハルキ・ムラカミより受賞にふさわしい。(10/5)