花も実もある

 太宰治の「女生徒」には、愛犬がグミの実を食べるエピソードがある。
……井戸端の茱萸(ぐみ)の実が、ほんのりあかく色づいている。もう二週間もしたら、たべられるようになるかも知れない。去年は、おかしかった。私が夕方ひとりで茱萸をとってたべていたら、ジャピイ黙って見ているので、可哀想で一つやった。そしたら、ジャピイ食べちゃった。また二つやったら、食べた。あんまり面白くて、この木をゆすぶって、ポタポタ落としたら、ジャピイ夢中になって食べはじめた。ばかなやつ。茱萸を食べる犬なんて、はじめてだ。私も背伸びしては、茱萸をとって食べている。ジャピイも下で食べている。可笑しかった。そのこと、思い出したら、ジャピイを懐かしくて、
「ジャピイ!」と呼んだ。……(『青空文庫』より)
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/275_13903.html(「女生徒:青空文庫」)
 その基となった、「有明淑(しず)の日記」(青森県近代文学館)では、
……夕食後、ヂャピーと庭に行って、ぐみを取って食べたら、ヂャピー黙って見ているので、可愛相で、一ツやった。そしたらヂャピー食べちゃった。又二ツやったら食べた。あんまり面白くて、木をゆすぶってポタポタ落としたら、ジャピー(※ママ)夢中になって、食べ始めた。ぐみを食べる犬なんて始めてだ。私も立って、食べた。犬も下で食べてゐる。おかしい。……(『資料集・第一輯「有明淑の日記」』pp.40~41)



 わが家の庭にもグミの木があるが、ほとんどヒヨドリが食べつくしてしまう。犬が食べるとは信じ難いところである。ミケランジェロ・アントニオーニ監督のオミニバス映画『愛のめぐりあい(BEYOND THE CLOUDS)』中の作品で、ソフィー・マルソー演じる女性が、崖の道を下る途中でひょいと木の実をもいで食べるすてきな場面があった。いったいに木の実はいつも美味または珍味を楽しめるわけでもあるまい。毒を潜めているものもあるのだろう。
 http://simmel20.hatenablog.com/entry/20140730/1406714706(「ミケランジェロ・アントニオーニ監督を偲ぶ:2014年7/30」)
⦅写真は、東京台東区下町の樒(しきみ)のつぼみと花。小川匡夫氏(全日写連)撮影。コンパクトデジカメ使用。⦆
 この樒は、全株有毒であるが、とくにその果実は毒性分が多いそうである。「悪しき実」が略されて「しきみ」となったという、一つの説もあるらしい。「毒物及び劇物取締法」に基づく「毒物及び劇物指定令」の第2条第1項39号で、「しきみの実」が植物でありながら 劇物として指定されている。恐ろしや。
 http://www.geocities.co.jp/Outdoors/6286/shikimi.html(「樒」)
 万葉集には、樒を詠んだ大原今城の一首がある。
奥山の樒が花の名のごとやしくしく君に恋ひ渡りなむ(万20-4476)
 http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/imaki2.html(「大原今城:千人万首」)
 http://blog.livedoor.jp/rh1-manyo/archives/32874694.html(「万葉歳時記一日一葉」)