⦅『地の群れ』(河出書房新社)は、見つからず。⦆
作家の井上光晴が亡くなって(1992年5/30没)早22年も経っていたのである。昔、東京池袋の豊島公会堂で、花田清輝のとともに講演会で話を聴いたことがある。たしか書いたばかりの掌篇を読み上げて、講演に代えていたと記憶している。「朝鮮ピー屋」ということばが印象的で、いまだに鮮烈に思い起こされる。
『井上光晴詩集』(一橋新聞部刊)に「岸壁派の小説書き」という現代詩がある。その第2、3聯。この詩集では、この詩だけが、いまでも立ち止まらせるところがある。
雪と雨と波が
心臓の切れっぱしのような音をたてて
吹きしぶく暗い午後の岸壁に
おれは黙って女がくるのを待っていた
ひとりになりたい
ひとりになりたいと考えながら
本当におれはひとりになりたい
おれは女を限りなく愛しているが
いまはひとりで
荒々しいものが欲しいのだ
冷たいけぶるような港をみつめながら
おれはつくずく小説が書きたいと思う
泡立つ海を衝いて低く低く飛ぶ
焦茶の海鳥が俺の抒情だ
おれは岸壁派というものを
こしらえねばならん