蜷川幸雄演出『にごり江』は観ている


 蜷川幸雄演出『にごり江』は、久保田万太郎が新派のために書いた一葉物の「おりき」「十三夜」などの脚本をもとに、堀井康明さんがまとめたものを台本としている。観劇は、1984年1月日生劇場にて。第一幕第一場(A&C)は、新開地の路地の場面で、「急な斜面にへばりついたように、幾層にも立ち並ぶ貧し気な家並、細い石段をへだてて、舞台上、下とも同じような家並で囲まれている」とされている。
 亡き尾崎秀樹氏が、公演パンフレットに「蜷川演出と一葉の世界」と題して寄稿している。
……久保田万太郎は東京浅草の生れだけに、下町に住む人々の古風な義理と人情を描きながらも、時代の波におし流されていく人たちへの深い愛情の思いを、そこに托している。しかも古風な世界を、近代劇の手法でとらえ直しており、情緒的な写実主義ともいわれるキメのこまかい肌合いを再現してくれる。一葉の世界を描いたいくつかの脚本は、ある意味では一葉の作品以上に一葉の生きた世界を、私たちに教えてくれるのだ。
 蜷川幸雄は、早くから一葉の時代を舞台に活かしてみたい考えを抱いていたようだが、この「にごり江」では、一葉の世界を久保田万太郎の詩情を通して再構成し、現代とどう対応させるかにポイントを置いているようだ。……(同p.23)


⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のハナニラ花韮:青)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆