地元で「柳家小三治独演会」を聴く




 昨晩7/16(火)は、地元JR津田沼駅南口の習志野文化ホールで、「柳家小三治独演会」を聴いた。連日の猛暑もやや治まり、自宅で早めの夕食を済ませてから足早に会場に向かった。地元のホールとはいえ、出向くこと少なく、美空ひばりのコンサート以来かもしれない。
【番組】前座:柳家ろべえ(喜多八門下)「噺家の夢」(新作) 1:柳家小三治「道灌」 仲入り 2:柳家小三治船徳
「道灌」は、誰の高座であったかはともかく、少年のころラジオではじめて聴いた落語で展開を覚えている。
 志らく師匠が説く「メロディとリズム」に安心して身を委ね、「角が暗いので提灯を借りにきた」のオチまで存分に楽しめた。
 http://ginjo.fc2web.com/42doukan/doukan.htm(『落語「道灌」の舞台を歩く』)

 仲入り後、「船徳」。志らく師匠は、この落語は「ドタバタ喜劇的落語」としている。勘当された若旦那が「徳」という名の俄船頭となって、四万六千日の縁日ということで浅草寺詣での二人の客を舟に乗せて送るという噺。「道灌」とは打って変わって、小三治師匠、身体の動きが活発であった。ドタバタぶりよりも、「徳」若旦那の世間知らずとお惚けぶりが際立った展開であった。
 http://ginjo.fc2web.com/022funatoku/funatoku.htm(『落語「船徳」の舞台を歩く』)


 席は前から10列目でちょうど良いところであった。ホール後ろの席だと、「道灌」は聴き取りにくかったのではないか。落語の会場としては、少し広すぎただろう。
「柏木の名人」六代目三遊亭圓生師匠は、1979(昭和54)年9月この習志野文化ホールに隣接のモリシアホール(旧サンペデックホール)での高座の直後、心筋梗塞で倒れ亡くなったのである。習志野文化ホールで入り口近くの植え込みに、「根無し草語る浮世を圓く生き」の圓生師匠の俳句を刻んだ石碑が建てられている。このあたりの事情を、小三治師匠得意のマクラで語り大いに笑わされた。 
simmel20.hatenablog.com
simmel20.hatenablog.com



⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のポーチュラカ(Portulaca)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆